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第二章 伝説の剣

文中に誤字、矛盾した表現が含まれておりますが、おおむね仕様です。

 墓標に還った僕は、旅に必要な「クターバルの遺品」を掘り出すべく地中に潜った。

「…………」

 心地よい土の香りが安らぎを誘う。一瞬、このまま永眠したい衝動に駆られた。

 だがキモラ姫を救出するために、一刻も早く旅立たねばならなかった。僕は眠気を払うと、勇者クターバルの木棺どうぐばこを土中から引きずり出した。

「ふぅ~」

 しんみりフタを開ける。

 出てきたのは、伝説の防具「腐りかたびら」だった。上手に装備しないと、あっという間に原形が崩れてしまう驚異の代物だ。それでも装着後には絶妙の腐ィット感を味わえる。

 腐りかたびらをそっと手に取ると、その下には伝説の首飾り「女神の悶章」も入っていた。苦悶の表情を浮かべる女神が深紅の十字架を背負っている。邪なる意匠を凝らしたアイテムだ。何の厄に立つのかはまったく分からない。

 伝説の装備品を身に着けた僕は、出立の挨拶をするために再び霊廟へと戻った。

「ゲヘリクです。旅支度ができましたので……?」

 低く声をかけるが、室内には誰もいなかった。どうやら僕ひとりに丸投げして、みんな大地に還ってしまったらしい。酷い話だ。僕は孤独死を迎える気分で旅立つことになった。

「やれやれ」

 最初の目的地は、勇者クターバルの墓標である。

 まずは、村外れに広がる「スプラツタの森」を目指す。森を抜けた先に断崖があり、クターバルの墓標はその上に建てられているのだ。

 いかに勇者の墓標とはいえ、故人的にはあまり近づきたくない場所だった。見晴らしのよい断崖は足を滑らせたが最期、ただのしかばねのようになってしまう。

 だが伝説の剣がそこにある以上、僕としては逝くしかない。

 そんなわけでズルズルと歩き続け、夜空に真っ赤な満月が吊るされる頃には森の入り口付近に到着した。

「スプラツタの森に来るのも久しぶりだな」

 森の中に足を踏み入れると、たくさんの木々が左右に分かれ、墓石のごとく整然と立ち並んでいた。入り口の脇には、クターバルの墓標までを示す案内図もある。巡礼者のために作られた「森の回廊」だ。

 しかし魔王が暴れるこの時期、英霊を拝みに来る巡礼者の姿は皆無だった。僕以外には死人っ子一体いない。

「ま、旅立ちもひとりだったしな……」

 僕は湿っぽく独りごちた。

 梟の声を葬送行進曲にして進んでいると、程なくして木々が途切れ、パッと視界が開けた。

 ちょうど森の中間地点だ。

 目の前には、清浄な死体からだを穢すことのできる、それはありがたい「毒の泉」があった。村のゾンビ衆にとっては馴染み深い場所だった。

「よし、この身を穢してキモラ姫救出の景気付けとしよう!」

 僕は腐りかたびらを脱いで全裸死体はだかになると、さっそく泉に近づいた。

 だが、その中心に「先客」を認めて立ち止まる。この物騒な時期に、わざわざ毒浴びをする酔狂な者がいたらしい。果たしてどこの誰だろうか……。

 興味を覚えた僕は、枯れ木に隠れてコッソリ覗いてみた。

「……っ!」

 泉の中心に立つそのひとを見て、僕は危うく声をあげそうになった。先刻シダラケ村でぶつかったクサーヤの少女だ。死装束を脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿で沐浴している。

 なんたる眼福か!

 僕は、あらわになった彼女の背中を食い入るように観察した。

 村では気づかなかったが、少女の後頭部からは大胆に脳漿が露出しており、しかもお洒落なシャギーまで入っていた。

 あの世のものとは思えぬ美しさだ。

 僕はもっと彼女の死体からだを検分したくて、今度は横にまわり込んだ。

「ぉぉ……」

 クッキリ浮き上がる鎖骨の下。蠱惑的な直線を描く腐れ落ちた胸が、少女の鷹揚な動きに合わせて激しく揺れ損ねている。下半身を泉に浸けた少女は、紅い月影に照らされ、どこまでも艶かしく輝いて見えた。

 興奮して飛び出た目玉を眼窩に嵌めなおし、僕は一心腐乱に身を乗り出した。少女の死体からだにすっかり心を奪われていたのだ。無意識に虚空を掻きむしり、覚束ない足取りで前進する。

 ――パキッ。

 その拍子に、うっかり足元の枯れ枝を踏んでしまった。

「誰!?」

 脳漿を撒き散らすように振り向いた少女が、ギョロリとこちらに視線を投げつけてくる。そして僕の全裸死体を見た瞬間、

「ぎゃああああー!」

 恥じらう断末魔のような悲鳴が、森閑とした泉の隅々に響き渡った。

 こうして僕たちは、運命的な再会を果たしたのだ。

「や、やあ……」

 紳士的にチラ見する僕をよそに、泉から這い出た少女は、死装束をまとって無言で立ち去ろうとする。

「あ、ちょっと待ってよ。今のは不可抗力だって!」

 僕も急いで腐りかたびらを装備すると、叫びながら少女の背中を追いかけた。

 すると少女が、不意に足を止めて僕を振り返った。

 甘い腐臭が、フワリと僕の鼻腔をくすぐる。

「憑いて来ないでよ、このヘンタイ!」

 少女は、鋭く淀んだ瞳で僕を一瞥すると再び歩き出した。どうやら完腐なきまでに嫌われてしまったらしい。

「仕方ないか……」

 これ以上、あの少女に構っている暇はない。僕にはキモラ姫救出の任があるのだ。

 ちょっぴり切ない気持ちを胸に秘め、僕はトボトボと歩き出した。しかし数歩と進まぬうちに、またしても少女が振り向いた。

「ちょっといい加減にしてよ。あたしに何か用なの?」

 同じ方向に進んでいた所為で、ストーカーゾンビと誤解されてしまったのだ。

「違う、僕もそっちに用があるんだ!」

 僕は慌てて墓標の方角を示した。しかし、ここである疑問が頭をもたげる。

 ――そもそも、この少女の目的はなんなのだろう?

 森の奥にはクターバルの墓標しかないのだ。もちろん巡礼者の可能性もあるが、この時期に腐女子のひとり歩きとは考えにくい。

「ねえキミ、この先には勇者の墓しかないよ?」

「知ってるわよ、ほっといて」

 ブイッとそっぽを向くと、少女はズルズルと先へ進んでしまう。僕は深くメタンガスを吐き、少し距離を取りながら彼女に続いた。

 そして、どれくらい歩いた頃だろうか。ついにスプラツタの森が途切れ、僕たちは目も眩むような断崖絶壁に辿り着いた。

 すぐ正面には、勇者クターバルの墓標が立っている。

 細く尖った崖の先端で、雨ざらしの質素な佇まいを曝していた。そして、その墓石の裏側に刺さるのが、かの伝説の剣「卒塔刃」だった。

「あれが……」

 少女はスローモーに墓標へ走り寄ると、勇者に敬意を払う素振りもなく裏側にまわった。その濁った眼球は、卒塔刃の美しい木目と、そこに刻まれた梵字を見つめている。どうやら僕と同じ目的でここまで来たらしい。

「これで魔王を……。あなたをお救いすることができる!」

 少女が妙なことを呟いた。

 あるいは僕の聞き間違いかもしれない。彼女の心底までは計り知れないが、その横顔には何やら悲しそうな死相が浮かんでいた。

 やがて少女は、卒塔刃の柄をゆっくりと握り締めた。腕に力を込める。だが卒塔刃が抜ける気配は一向にない。

「ぬ、抜けない!?」

 それもそのはず。伝説の剣は、勇者の血族にしか引き抜くことができないのだ。

「卒塔刃は、勇者ゆかりの者にしか抜けないんだ」

 僕は少女の背後に立つと、一緒に剣の柄を握った。

「な、なんの真似よ?」

「僕は勇者クターバルの子孫だから」

 自嘲気味に言って、僕は柄を握る手に力を注いだ。

 ――刹那。刀身が火葬のように光り輝いた。

 そして気がつくと、卒塔刃は地面を離れ、僕の腕の中にスッポリと収まっていたのだった。

「ウソ、こんなにあっさり!」

 すっかり驚いた少女の眼球が、僕を見据えたまま無造作に飛び出している。

 しかし、眼球が飛び出したのは僕も同様だった。

 なぜならそのとき――

「ふぁああ~、よく寝たぜ」

 地獄の底から響くような低い声で、伝説の剣が喋ったのだ。僕はあまりの驚愕に、危うく心臓が動き出すところだった。

「ちょっとヘンタイ、剣が喋るってどういうことよ?」

 少女が僕と剣を交互に見ながら、かつて眉根だった辺りにシワを寄せている。

「いや、僕に訊かれても困るんだけど」

 ともあれ、伝説の剣を手にした今、僕のキモラ姫救出の旅はようやく始動するのだった。

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