第八話 ある事件が、ようやく終わる
長らくお待たせしました!!
ある事件が、ようやく終わる
あんなことを行ってしまったが、どうしよう。やる気が全くない。
だが、まあなんとかなるだろう。
俺はナミナの背中に跨った状態で空を飛んでいた。
「ナミナ、あのドラゴンは何だ?」
「たぶんだが、ヴリトラだな。あいつは人間というのが大の嫌いでな。嫌悪感すら感じておったよ」
そうか。まあ、それくらいじゃないとこんな事件を起こすわけがないけどな。
「それで? どうやって戦うんじゃ?」
「お前が全面的に潰す」
「…………は?」
ドラゴン化したナミナが阿呆な声を上げる。
「だから、お前が戦うんだよ。前に言ってただろ、最強だって」
「そ、そうだが! なんで我が戦わないといけないのじゃ!」
俺は頭を抱えたいい衝動に駆られ、しょうがなく話す。
「俺はな、自慢じゃないが弱い。これ以上になく弱いんだよ」
そう、この世界に呼ばれた理由も思い返せばないのだ。
頭だって普通、力はない。こんな俺を選ぶ理由が全く思いつかない。
「そうか……しょうがない、こんなやつを主人に選んだ我の責任じゃ、完膚無きまでにあの駄龍を蹴散らしてくれよう」
少しばかりウキウキしたような口調でナミナは言う。
ああ、こいつはドラゴンだ。
直感的にそう感じた一瞬だった。
空を泳ぐように飛ぶ龍、ヴリトラは俺たちから一瞬たりとも目を離してはいなかった。
これがヴリトラ、ドラゴンの一種なのか。
「ヴリトラよ。久しゅうな」
ナミナが言う。
だが、ヴリトラは少し表情を強ばらせる。
「お前はなんで人間を背中に乗せているんだ? そんなゴキブリと同等の存在を乗せるなど、お前はドラゴンの誇りを捨てる気か?」
おう、こいつ、殺気がわかりやすいくらい出してやがる。
だがまあ、人を毛嫌いしているのは本当らしいな。
「ふん、貴様とは考えが違うんじゃ。貴様が人を毛嫌いしすぎている」
ナミナが誇るように言う。
いやな、お前はカップラーメンで釣られたんだぞ?
「ドラゴンは人に恐れられる存在でなければならないんだ! それをお前は否定するのか!!」
ヴリトラから怒声が放たれる。
ナミナは恐ることはなく言う。
「もうそんな時代は過ぎたのじゃ、ヴリトラよ。我々は人と共存しなければならない」
おお、こいつにしてはいいことを言うじゃないか。
そう思っている矢先、
「うるさい!! 人など! 英雄など、我々の敵ではないんだ!!」
ヴリトラが一方的に攻撃を仕掛けてきた。
英雄。まあ、ドラゴンの天敵だな。
だが、今この瞬間、その単語が出る意味がわからない。
ナミナは攻撃を避けてバランスをとる中、俺は聞く。
「お前がどうしてそんなに人を毛嫌いするのかは全く知らん。だがな、俺の仕事を増やすな。俺は部屋でゆっくり休みながら世界を見たいだけだ。お前みたいな奴がいると俺が出なきゃいけなくなるだろうが」
俺は怒りをヴリトラにぶつける。
「主よ。怒るところがずれてる気がするのだが……」
知ったことか。俺は自由気ままに生きるだけだ。
「それに……カレンの国づくりの邪魔はさせない。あいつは今一生懸命変わろうとしているんだ。それの邪魔は誰もしちゃいけないんだ」
俺は静かに見つめる。
そうさ、誰にも邪魔は許されない。それが、伝説の存在でも。
「人は変わりなどしない。再び間違いを起こすだけだ。私の父もそれで死んだ。貴様らはいつだってそうだ。我々を崇めたと思いきや利用し、殺す。貴様らは陰湿で穢い。そんな存在を許せると思うか!!」
……なるほど、なんとなく読めてきたぞ。
こいつは……知らないんだ。人がどれだけの罪と間違いを防ごうとしてきたか。
物事を客観的ではなく、主観的に見てしまっている。
なら、
「まずは話し合おう。ナミナ」
俺が言うとドラゴン化しているナミナがヴリトラを拘束する。
「クッ! 何をする!!」
「黙らんか、燃やすぞ」
身動きができず、暴れるヴリトラ。
俺はそれに近づき、ウロコに触れる。
ナミナのウロコと違って滑らかで少し柔軟性がある。
「さ、触るな!! その汚い手で触れるんじゃない!!」
「ああ、確かに汚い手かもしれないな。人ってのは嘘と欺瞞で八割がたできている」
ヴリトラは怒りながらも言い返す。
「なぜ、戦わない!! なぜ、ドラゴンを使ってまでドラゴンを倒そうとするんだ!!」
「正確には戦わないんじゃなくて戦えないんだ。俺は弱い。いや、人は弱い。お前らから見れば虫当然だ。そして、愚かだ。間違いを多大に起こし、罪を負う」
「そうだ! 貴様らは、貴様らのせいで私の父は!!」
「それでも!! 人は間違いを起こさないように努力することができる。確かにお前の父親のは俺たちのせいかもしれない。だが、覚えておけ。人は二度と同じミスはしない。それが大きなことであればあるほど忘れない。いつだって改善するために努力するんだ」
「欺瞞だな! 貴様らはそう言って、一度だって防げたことがないじゃないか!! 嘘を言うのも大概にしろ!! 人は変わらないんだ!!!!」
「そうさ、人は変わらない。変わるのは見方だ。その時代の見方、感性の違いだけだ。だがな、そもそも人は変わる必要なんてないんだ。努力する、それだけで間違いは減るんだから。……なあ、今あそこには変わろうと無謀にも挑戦しようとしている奴がいる。そいつの未来を、この街の未来を見たいとは思わないか? 人がどう頑張ってもできないことをしようとした奴の結果を見たいとは思わないか?」
静かになったヴリトラがゆっくりと口を開く。
「なぜ、そんなことを私に聞く?」
俺は笑う。
「俺には力がない。言ってしまえば雑魚だ。だがな、お前らドラゴンは違う。力の象徴、力の権化だ。俺には、この先何が起きてもこの国を守る術がない。だから、お前たちの力を借りたい。その代償は、この国の未来を見せることだ」
ここで、自分を代償にしないのはヴリトラは人というのに嫌悪感しか持ち合わせていないからだ。
俺が見たところ、ヴリトラは国の未来に興味がないわけではないようだ。
だからこそ、契約内容に使える。
「俺たちと一緒に来い。この国の未来を担う一端になってくれ」
俺は笑顔で手を差し伸べる。
ヴリトラはためらいを見せていたが観念したように体を寄せる。
「私は人というものを再認識したよ。私はお前には勝てない。お前は、勇者に相応しいほどの人だ」
なんでドラゴンに褒められなきゃいけないんだ?
まあ、そんなことはどうでもいい。
これで、何事もなく平和が短い眠りから起きた。
誰も傷つかず、誰もが納得する形で。
「さて、ナミナ帰るぞ」
「わかっているわ」
ドラゴン化したナミナが俺を乗せようとすると、
「主人は私の背中に乗るといい。国に降りるのなら人になれなければならない。それに、私は主人を気に入ったのだよ。弱さを肯定してしまうその行動に、心が動いたのだ。少なくとも、人には少しばかりはそういう奴がいるとわかった」
……まあ、今の段階ではそれでもいいか。
本当は、俺みたいなやつはいないんだぜ? 俺は特殊だ。
すべての人類は自分の弱さを肯定なんてしない。いつだって、強い奴が上に立って弱い奴が使われる。
誰もが弱さを見せようとなんてしない。それは敗北することと同じだから。
だが、俺は思うのだ。そんな形になったのは社会がいけないんだと。
社会が形を変えれば関係なんてものは直ぐに変わってしまう。
人々はそれが怖いから変えないだけで、いつだって変わるのだ。
この世界だって……いつかは変わるのだろう。それがカレンなのかはわからない。
だが、ひとつとして存在した世界は必ず変化する。
俺は、その変化した世界を見てみたい。社会が変わるその瞬間を、俺の世界では起こりえないものをこの目で見ておきたいんだ。