第二十五話 ある勇者の、最後のお仕事
ある勇者の、最後のお仕事
「なあ、ナミナ。最後の話を、しようか」
俺はナミナに抱きかかえられながらそう言った。
もうすでに体は動かせない。
全身が痛みによって神経を遮断されてしまっている。
動くのは顔だけだ。
だからこそ、俺はコイツと話そう。
俺の最後を、俺という存在を覚えていてもらうために。
「何を言う!! 生きるのじゃ!! 生きて、明日も、明後日も、笑って何処かに行くのじゃ!!」
ナミナにはわかってしまうのだろう。
俺が、もうどうしようもないことが。
延命は愚か、この一瞬でさえも危ういということが。
俺は最低だ。
辛い思いをこいつにさせようというのだから。
だけど、このまま消えるのは怖い。
誰にも覚えていてもらえずに死ぬのは嫌だ。
初めてそう思った。
「前にも言ったけどさ。俺は、人生に飽き飽きしていたんだ」
「わかっている。わかっているから話すな!」
必死の叫びも俺は無視した。
「でもさ、俺はここに来れてよかったよ。人生が、少しだけ華やかになった。それに、お前にも会えたんだ。これ以上に嬉しいことはない」
「言うな!!」
「初めて、俺を一人の人間として見てくれた。特別扱いだったけど、俺がいた世界とは違う扱いをしてくれた。それが、何よりも嬉しかったんだ」
「言うな……言わないでくれ」
ナミナの服をつかみ力が強くなる。
涙の量も増えてきている。
最後だけ、これで最後だから。そう言い聞かせ、俺は口を開く。
「俺は、お前に出会えて本当によかったよ」
一生で初めての本当の笑い。
これまでのは胡散臭かっただろうが、これが、俺にできる、与えられる最後のプレゼント。
ナミナはそんな俺の笑みを見て、強く、本当に強く抱きしめる。
「ダメじゃ! 行っちゃダメじゃ! 行かないでくれ! 我には、我にはお前が必要なんじゃ!!」
抱きしめられてわかった。周りには大勢の人たちがいた。
裏切り者のために、人たちが泣いてくれていた。
カレンもいる。ヴリトラもいる。アガレスもいる。
なんだよ。そんなシケたツラしやがって。
もう言葉も出ない。
俺はお前たちを騙した最低男だぞ?
泣くなよ。そんな悲しそうな顔で俺を囲むなよ。
俺まで……泣けちまうだろ?
気づけば頬に涙が伝っていた。
おいおいおい。俺は泣いちゃいないぞ? これは心の汗だ。
だって、俺はもともと人生になんて落胆していて、諦めていて、こうなることを望んでいて。
なのに、なのになんで泣くんだよ。
「省吾様!」
「省吾!!」
「勇者!!」
みんな俺の名前を呼ぶ。
いやだねぇ、こいつら。
なんで俺の策に乗ってくれないんだよ。
俺はお前たちを騙して、静かに生涯を終えようとしてたのに。
こんな俺のことを心配なんてするなよ。
こんな俺のことで涙なんて流すなよ。
「死ぬんじゃねぇよ!!」
「死なないで!」
ははっ。クソッタレが。視界がボヤけてきやがった。
「省吾! 聞こえるか! これがお前が勝ち取った信頼だ! お前が築き上げてきた信用だ!! それを置いて、勝手に死ぬつもりか!」
ナミナが叫ぶ。
うるせぇな。俺はそんなこと望んでなんかないんだよ。
「お前は、自由になりたかったんじゃなかったのか!! それを放棄するのか!」
しょうがないだろ。こうするしか、問題は解決できなかったんだから。
「世界に敗北して、自分を犠牲にして、お前はそれでいいのか!」
お前に管理されるものなんかじゃないんだよ。
「この街にはお前が必要なんじゃ!! お前は歯車などではない! お前は軸なんじゃ! この世界に、この街のシンボルなんじゃ!!」
俺はそんな大層なものじゃないよ。
「お前は、パートナーにサヨナラを言わずに勝手に死んでしまうようなやつなのか」
ナミナには叫ぶ力は残っていない。
あとは、泣くことしかできない。
だが、それでは傷は直せないんだよ。
だけどまあ、
「み、んな」
最後の力を振り絞って、俺は口を動かす。
「あ、りがとう。お、れなんかを、信じてくれ、て」
かすれて声がうまく出てこない。
俺は息を思いっきり吸い込み、
「ありがとう」
今度ははっきりとそう言った。
もう、思い残すことはない。
俺という存在は今日を以て消える。
最悪で、最高の人生だった。
今なら、そう思える。
この世界に来られて、ドラゴンという存在に触れて、この街に出会えて、いろいろな人に触れられて、俺は幸せだ。
かすかに見える世界。
そこにはたくさんの人の顔が俺を見ていてくれていた。
俺はそれに恩返しをするかのように、ニッと笑って目を閉じる。
死にたくない。
できれば、このまま生きてこいつらと過ごしたい。
でも、それじゃあ意味がない。
世界に弾かれた者はどこまで行っても弾かれ者だ。
人間がいつまでも愚かなのと同じで、俺だって変わりはしない。
人が世界を変えられないように、世界が人を変えることはできない。
ああ、俺はきっと間違っているのだろう。
きっとあの時こうしていれば、ああしていればと考えられるのだろう。
しかし、困ったことに後悔はない。
これも俺の選択。俺が選んだ道。
これでも、俺は世界を救ったんだぜ?
俺は俺を弾き出した世界に向かって、神に向かって皮肉な笑顔付きでそう言った。
次回、最終回――