第二十話 ある事件は、いつも知らずにやってくる
事件は、いつも知らずにやってくる
今日も何もない日常。
あくびが漏れる日常。
人として腐ってしまうかもしれないと思える日常。
俺はいつものように片手にコーヒー、片手に本を持って日常を貪っていた。
「いいご身分じゃな。朝からそんなに暇なのか?」
呆れたような顔をするナミナが腰に手を当てて聞いてくる。
本を閉じて机に置いて、俺はナミナを見る。
「いんや、忙しい」
「どこがじゃ! 暇なら手伝ってもらいたいことが――」
「忙しい」
「……」
俺はナミナを言葉で詰まらせてから、一口コーヒーを飲む。
いい香りと絶妙な苦味が眠気をかき消していく。
再びナミナを見る。
額には怒りの筋が現れ、目を瞑って何かに耐えるように歯を食いしばっていた。
「おいおい。トイレなら早く行けよ?」
「どこをどう見てそう見えるんじゃ!! もうお前には頼まん!!」
大声を出してから理不尽にナミナはキレて部屋を出て行ってしまった。
いやはや、おかしい奴もいたもんだ。
俺は本を手に取り、さっきまで読んでいたページを開く。
『ドラゴンに関して――
ドラゴンとは強靭な肉体、鋼の鎧を身に纏い、強力なブレスを吐く生物である』
ちなみに、忘れている人も多いだろうから言っておくが、ナミナはドラゴンだ。
そしてもうひとり、今現在公園で街の友達と遊んでいるであろうヴリトラもドラゴンだ。
見た目はどう見ても人でしかない。
だが、変身するとこの一節にあるようなドラゴンへと変化する。
この情報はどの本にも書かれてはいなかった。
俺が思うに、ドラゴンの人への変身は生きづらくなったこの世界に対しての進化ではないだろうか。
つまり、どれだけ最強と呼ばれたドラゴンでも自然の変化には自分自身を変化しなくてはならなかった。
それが示す仮定は……。
「もしかしたら……いや、それはないか」
俺は考えを途中でやめる。
こんなことはありえない。
ありえてはいけない。なぜなら、この仮定が成立してしまったらカレンの未来像は危ういものとなってしまうからだ。
だが、この仮定が想像できてしまったことによって、可能性はゼロではない。
しかし、俺はその仮定をそっと記憶の奥深くに押し込んで無理やり忘れた。
口を湿らすためにコーヒーを飲もうとすると、コーヒーがないことに気づく。
俺はため息を着きながらもコーヒーのおかわりをしに、席を立つ。
無駄にでかい城。
コーヒーのおかわりをするために三キロ歩かなきゃいけないのはやめてほしいものだ。
やっとの思いでたどり着いたリビング。
コーヒーのおかわりを入れていると、廊下の方から話し声が聞こえる。
「それは本当か!」
「ええ、私は見ました!」
どうやら兵士二人が真剣な話をしているらしい。
普段なら俺は介入しないのだが、
「大きな蛇でしたよ、あれは!」
「それが空を飛んでいただと!? そんなことがあり得るわけがないだろう!」
一瞬、コーヒーを入れる手が止まる。
蛇が、空を飛ぶ?
なんだそれ、面白そうじゃないか。
俺はコーヒーを片手にドアを開き、
「その話、もう少し詳しく教えてくれないか?」