第十七話 ある勇者と、花火大会
第二章最終話
勇者と姫とドラゴンの行先は――
ある勇者と、花火大会
俺が城に帰ると、カレンが既に出迎えてきており俺はその場で卍廼を捕まえたことを伝えた。
「卍廼は捕まえたよ。街のやつらにも何かお礼を渡しといてくれ。俺は部屋に戻るぞ」
「あ、あの、省吾様」
カレンがいつもとはちがうソワソワとした口調で話しかけてくる。
「ん? なんだ?」
疲れているから今日はゆっくりしたいんだけどな。
カレンは少し戸惑ってから、決心したように口を開いた。
「私と、夏祭りに行きませんか?」
「……………は?」
それはとても予想外なことだった。
夏祭りというのはきっと夏祭りのことだろう。
人たちがワイワイガヤガヤするところだろう。
君がいた夏は遠い夢の中♪ のことだろう?
そうじゃない。
いや、そうなのだが、そうじゃない。
「で? なんで俺は浴衣に着替えさせられているんだ?」
気づくと服装は浴衣になっていた。
いつ着替えさせられた?
いや、問題はそこじゃない。
なぜ、俺が祭りなんぞ行かなくちゃいけないかだ。
「なあなあ、祭りって面白いのか?」
同じく浴衣に着替えたヴリトラが俺の裾を引っ張る。
浴衣はコイツのドラゴンとなった時と同じ黒い生地に白く金魚が描かれた綺麗なものだった。
「ん? ああ、人それぞれだが、面白いんじゃないか?」
適当に答えるとヴリトラは目を輝かせて聞き返す。
「なあなあ、じゃあ肉はあるか?」
「あ? それはないんじゃないか?」
こいつは一体祭りをなんだと思ってるんだ。
……いや、俺も知らないけど。
「慎吾様、お待たせしました」
ニコッと笑って現れたのはカレンだ。
カレンはピンクの浴衣に身を包んでおり、とても似合っていた。
「省吾……どうだ?」
恥ずかしがりながらナミナが俺の目の前に現れる。
俺は一瞬見とれてしまった。
白い生地に赤や青、緑といった色が目立たないように、かと言って存在が薄くならない微妙なバランスで描かれていた。
一言で言えば、美しい。
カワイイでも、綺麗でもない。
美しい。神秘とでも言うのだろうか。
とにかく、浴衣とナミナの存在感が半端じゃない。
「あ、ああ。……似合ってる、んじゃないか?」
濁したのは恥ずかしかったからだ。
ナミナにこういう言葉を言うのは少しばかり、恥ずかしい。
「そ、そうか……それは良かった」
ナミナは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
クソッ、こういう時に女っていうのは俯けるけど、男子はそうはいかねぇだろ。
初めて女子をずるいと思った瞬間であった。
祭りは先の戦い、卍廼と戦った場所で行われていた。
「本当は今日は祭りの日ではないのですが、勇者様が卍廼さんを倒したということで特別にすることになったのですよ」
へぇ、そういうことか。
俺は辺りを見回す。
祭りは初めてではないが、やっぱり慣れない。
人がこんなにいるのは少しばかり慣れていないんだ。
別に引きこもっていたわけではないが、少し、な。
「なあ、あの魚は食べられるのか?」
ヴリトラが指差したものは金魚すくいの中にいた金魚だ。
「あー、あれは食べたらまずいぞ?」
「そーなのか。うーん、人はなんであれをすくうんだ?」
「それは……見物用に?」
実際のところ俺もよくわからない。
魚は食べるか、リバースだろ? なんで、取って見なくちゃいけないんだ?
俺は腕を組んで考えていると、今度はナミナが俺を呼ぶ。
「省吾、なんだ、この雲は!」
手に持っている奴はわたあめだ。
お前はどこのお子様だよ。
あ、ドラゴンだったな。
「それはわたあめって言って、飴の一種だ」
「なッ! これが飴だと!?」
ドラゴンたちはこういうのが初めてらしく、どれも新鮮なのだろう。
と、そんなドラゴンたちを見ていると、カレンが俺を手招きする。
「省吾様、こ、こちらへ……」
手招きされ、招かれたのは大きな神社だった。
「へぇ、神社なんてあるんだな」
どこからどう見ても神社。
鳥居があって、賽銭箱があって、神秘的な感じのする場所。
でも、なんで俺はここに呼ばれたんだ?
「し、省吾様。じ、実はここは花火を見る隠しスポットなんです」
恥ずかしそうに俯きながらカレンは言う。
そうなのか。
花火ねぇ。
空を見ると輝く天体が月とともに夜を照らしていた。
ニホンと全く同じなはずなのに、ここの星はすごく綺麗で澄んでいるような気がする。
「あ、あの!」
「ん? なんだ?」
カレンが真面目な顔で聞いてくる。
俺はそれを少し笑った顔で聞く。
「し、省吾様は元の世界に帰りたいとか思いますか?」
元の世界。つまりそれは、そういうことだろう。
そうか、元の世界か。
俺は少し考えてから、
「嫌だな」
「え?」
「だから、帰るのは嫌だな。ここは豊かすぎる。俺がいた世界とは大違いだ」
「省吾様の世界は豊かではないと?」
俺は少し困りながら、
「いや、豊かだったよ。もしかしたら、ここよりも。でも、その豊かさじゃないんだ。なんて言うのかな、人の心とでも言うのかな。そんなのがさ、豊かなんだ」
カレンは意味がわからないと首を傾げるが、しょうがないだろう。
ここでは人々が助け合って生きている。
豊かな世界ではありえない事だ。
豊かな世界では、人は自分のことしか考えられない。
いつだって自分がどうやって上に立つかということを考えて生きている。
俺はきっと、そんな世界に、そんな生活に疲れていたのだ。
誰かが誰かの失敗を望み、喜び、笑う世界。
負の感情が循環し、負が負を呼ぶ世界。
その中を生きることに、俺は疲れていたのだ。
だから、帰るのは嫌だ。
疲れるとわかっている世界に、なぜわざわざ帰らなくてはならない。
ここにいる方が十分に幸せだ。
「そんなものですか……」
「ああ、そんなもんだ」
そんなもんだよ、世界っていうのは。
結局、世界に神はいない。
全ては人が作り出した幻想。
そんな幻想でも、こんな世界なら俺は生きたいと思う。
この、カレンたちがいる世界で。
「な、なら、省吾様!」
カレンが俺の顔に顔を近づけてきて、
「わ、私と結婚してください!!」
ドォォォォオオオオンッッッッッ
同時に大きな花火が黒いキャンパスに様々な色を落としていく。
大きな音が体の中心を揺さぶる。
だが、この揺さぶりはそれだけではさそうだ。
「え、えっと……はい? け、結婚?」
いつも冷静な俺も今回ばかりは戸惑った。
花火が連続で上がる中、夜の神社で二人、愛を語る。
いや、この場合語られたというのが普通か?
いやいや、その前に、なんで結婚なんだ?
俺は様々な疑問と戦った。だが、結局答えはその時には出なかった。
これは、一体何処へ向かっているんだ?