第十六話 ある勇者の、戦略的勝ち方
ある勇者の、戦略的勝ち方
俺は今、街の噴水に来ていた。
なぜかは言わなくてもわかるだろう。
そう、勇者がいるからだ。
卍廼が、いるからだ。
「やあやあ、勇者くん。本当に来るとは思ってなかったよ」
「やあやあ、駄勇者。本当に来てやったよ」
反撃でもするように俺は言い返す。
卍廼は二ヤッと笑い、俺を見据える。
「ふふ、君は面白いね。俺が出会ってきた人たちはもっと恐れてたよ、俺をね」
そうかい。
俺はそういうのは面倒だからしないんだ。
恐れたところで、どうしようもないからな。
「だけど、君は本当に馬鹿だね。自分の強さもわからないなんて。本当に俺に勝てると思うのかい?」
今度は俺が笑う。
「ああ、勝てるね」
そう、勝てる。
俺はこいつに勝てる。
「くくくく。君は本当に面白いね。でも、そういう君を見ていると殺したくて、殺したくて、殺したくて殺したくて殺したくて、堪らないよ!!」
卍廼は内ポケットから剣を取り出した。
「来いよ。殺したいんだろ?」
俺が手招きすると卍廼は笑って言う。
「そんなに死にたいのかい? まあ、いいけど。ドラゴンちゃんは元気? 来ないってことは来ることを伝えてないのかな?」
俺は動揺さえせず、淡々と話す。
「いんや、伝えたよ。お前に勝つってこともな」
「フッ、いいね。じゃあそろそろ……死んでよ」
一瞬、目の前にいたはずの卍廼が消え、気づいた時には腹に剣が突き刺さっていた。
卍廼はニヤニヤと笑いながら、俺に語りかける。
「ほら、君は弱いだろ?」
勝ち誇りながら、雄弁に話すその格好は、俺には勇者には見えなかった。
「フッ、どうしたよ、道化師。その程度か?」
二ヤッと笑った顔を上げ、俺は卍廼を見る。
卍廼の顔はみるみる青白くなっていく。
「ど、どうして!!」
卍廼は剣から手を離し、俺から遠ざかっていく。
「簡単さ。俺がお前より弱いからだ」
剣は俺から透き通るように地面に落ち、その存在を小さくしていく。
「ど、どういう……」
「それこそ、お前が言っただろう? この剣は『お前より強い奴にしか効かない』ってな」
まるで、思い出したかのように卍廼はハッと顔を上げる。
「で、でも! 君は勇者だろ!? なんで、なんでそんなに弱いんだよ!!」
俺は呆れて何も言えなかった。
勇者だから強いなんて誰が決めた?
強くなくちゃ勇者じゃないのか?
違うな。
「お前は根本的に勘違いをしてんだよ。勇者だから強い? そんな方程式はない。弱くたって勇者は勇者だ。それに、お前だってさっき言ったろ? 自分の強さもわからないのかって」
そう、こいつは最初から何も見えてなどいない。
何も分かってなどいない。
勘違い。それがこいつをここまで突き進めた。
なら、終わらせるのも勘違いだろう?
「さあ、どうする? お前はもう勝てないぞ? 自分より弱い奴にお前は勝てはしない」
「な、何を言っているんだ? 君は俺より弱いんだ。弱い奴を倒すのは強い奴の特権だろう?」
だからこそ、こいつは勘違いによって俺に負ける。
卍廼、お前は知らない。
お前を恨んでいる奴がどれだけいるかを。
俺に協力してくれる奴がどれだけいるのかを。
「みんな、仕事だぞ」
俺が言うと周りの家から人、人、人。
人がたくさん出てきたのだ。
「おっしゃ!! みんな行くぞ!!」
この街の住民全員が卍廼を取り押さえるために突撃する。
「な、なんだ、これはぁぁぁぁああああ!!!!」
卍廼は叫びながら怒りの叫びを上げていた。
それを見ていた俺の横に男が立った。
「こんなもんか。どうだ? 役に立ったかな」
「ああ、役に立ったよ、アガレス」
アガレスは笑って腕を組んだ。
取り押さえられた卍廼に俺は静かに近づく。
「どうした、弱い奴を倒すのが強い奴の特権なんだろう?」
上から見下ろしながら卍廼を見る。
卍廼は怒りで顔を歪め、こちらを見ていた。
「結局さ、お前は間違ってんだよ。強い奴が弱い奴を倒す。当たり前かもしれないけど、絶対じゃない。弱い奴が強い奴を倒すことだってできるんだ。お前は、それを知らなかっただけだ」
「ふざ、けないでもらおうか!!」
卍廼は住民ごと立ち上がろうとする。
そして、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
街の住民を吹き飛ばし、卍廼は再び俺の前に立ってみせた。
「強い奴は弱い奴に負け――」
巨大な衝撃音とともに卍廼は俺の視界から消えた。
土煙が立ち上り、視界を奪われる。
土煙が収まると、そこには巨大なドラゴンがいた。
「ドラ、ゴン?」
『貴様、勝手が過ぎるのではないか?』
卍廼はドラゴン化したナミナに踏み潰されており血反吐を吐く。
「ガッ……なん、で」
卍廼は恐怖に顔を染め、ドラゴンを恐れながら見る。
俺は卍廼が落とした剣を手に取り卍廼に向ける。
「俺はさ、お前みたいなやつを見てると殺したくて、殺したくて、殺したくて殺したくて殺したくて、しょうがないんだよ。わかるか? チェックメイトだ」
そう言って俺は剣を振り下ろした。
「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
悲鳴を上げて卍廼は気絶してしまった。
俺はため息とともに寸止めした剣を元に戻す。
「結局さ、俺もお前も、大差ないんだよ」
この声は聞こえてはいないだろう。
だが、この思いだけは伝えたかった。
人は間違える。
間違えて、後悔して、明日へ進む。そうやって生きていく。
コイツだって間違えたし、俺だってきっと間違える。
人生に間違いは付き物なのだから。
「さてナミナ、帰るか」
『そうじゃな。ヴリトラがお前がいないと叫んでおったぞ』
「そうかい。そりゃあ、大変だな」
俺は笑いかけた。
この世の全てに。
俺を信じてくれた者たちに。
俺が信じたパートナーに。
ああ、きっと。
これが俺の勘違いなのだろう。
主人公は……人間不信ですか!!