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第四章 血は新たな血を・・・1

 ぽつぽつと雨が降り始めていた。通り雨ではなさそうだ。これから本格的に降ってくるだろう。

「じ・・・じゃあ何か?」

 達也は動揺している。できるだけ平常心を保とうとしているものの、上手くいっていない。今まで動揺する機会があまりなかったからかもしれない。

 混乱した頭をフル回転させ、言葉を捻りだそうとする。しばらくの間を置き、ようやく聞くべきことを思い出す。

「お前の・・・今井碧子と言う名は、親父がつけたって言うのか?」

 彼女は穏やかな表情で頷く。どこか誇らしげで、そして悲しげでもある。しかし、達也に彼女の複雑な心境を読み取る余裕はない。

 どうして刑事になったのかと言う問いだった。その答えは、正義と約束したから、だ。あの親父・・・まさか碧子の名付け親だったとは。しかも己の目指すもののために、他人の未来に影響を与えるなど言語道断だ。

 碧子も碧子である。四歳の頃の約束をずっと覚えていただけでなく、それを未成年で果たすとは。できるか、普通。少なくとも、一般の人なら忘れているだろうし、約束を果たすこともできなかっただろう。

「孤児院に帰ってから、毎日毎日必死で勉強したわ。警察官に体力がいることもわかっていたから、運動も欠かさなかった」

 正義との約束を果たすため、来る日も来る日も勉学にはげみ、体を鍛えきた。目標のある日々は、天才少女の能力をさらに輝かせた。類い稀な才能とこの上ない努力が、未成年での国家試験合格と言う快挙へ導いたのだ。

「ある日、あの人が警視総監になったニュースを見て、私はさらに燃えた。一刻も早く彼の力になりたくて、若輩なりに万全をきして国家試験が行われる場所に行ったの。そしたら、会場の前で、一人の男の子が警備員と喧嘩してた」



 ・・・。



「だから言ってるだろ!試験を受けにきたんだ、入れてくれよ!」

「子供に何とかできるほど、簡単な試験ではない。すぐに帰りなさい」

 大声で叫び続ける少年に対し、頑なに入場を拒む警備員。その様子を、碧子は黙ってみていた。

 自分以外に、未成年で国家試験を受けようとする人がいるとは思わなかった。あの少年は、どれほどの力を持っているのだろうか。頭で考えるより先に、体が動くタイプのように思えるが・・・。

 何にせよ、この状況で自分が入ろうとしても、あの少年のように止められてしまうのがオチだろう。よく考えてみると当然である。警察と言う公務員になるための試験を、未成年者に受けさせてくれるわけがないのだ。

 あと数年・・・大人になるまで知恵を蓄えるべきかもしれない。そう思ったときだった。

「どうした、何かあったのか?」

 いつまでも叫び続ける少年の声が気になったのか、もう一人の警察官が試験会場から出てきた。少年を相手にしている警察官よりも、装飾の多い制服である。あの人はまさか・・・。

 かなり前から喧嘩していたのだろう。警官は半ばあきれ気味であった。しかし、少年を見て表情が一変する。碧子のそれも同様であった。

 少し老けているが、見間違えるはずがない。

「神崎さん!」

 彼の名を叫び、走りだす。どう呼べばいいか悩んでいた。十数年前にあったとき、一度も彼を名前で呼ばなかった。その時もどうしていいかわからず、ねぇ、で済ましていた。

 当時は幼かったのでしかたなかった。しかし、今や警視総監になった彼に対し、ねぇでは失礼だ。考え抜いた末に、神崎さんと言うありきたりなパターンとなった。

 彼は覚えているだろうか。十年以上も前に、数時間だけしか一緒にいなかった自分を・・・。どうか、記憶に残っていますように。

 彼女の声に反応し、少年に向けていた顔を上げる。そしてすぐに、彼女を視界に捉えた。

「・・・!」

「覚えて・・・いますか?」

 目の前で立ち止まり、彼を見つめる。その表情からは、まさか・・・と言う驚きが見てとれる。しかしそれも一瞬のことで、彼はすぐ、彼女に手を差し伸べた。

「碧子か。見違えたぞ」

 覚えていた。思い出そうとすることもなく、瞬時に碧子であると判断した。彼女の名が、常に頭のなかにあった証拠である。

 忘れてなどいなかった。碧子が約束を果たすため、勉学に励んでいる間、正義も彼女との約束を果たすため、一心不乱に上へ昇り続けたのだ。警視総監・・・今井碧子・・・正義の悲願である警察革命の、すべての準備が整った。

 しかし、それで納得する正義ではない。

「あの・・・取り込み中のところ悪いんだけどさ」

 感動の再開に、先程まで警官と喧嘩していた、少年が割り込んだ。茶髪の少年・・・この人物は何故、国家試験を受けようとしたのだろうか。普通なら常識にしたがって、一定の年令になるまで待つところである。相応しい時期を無視し、この年令で試験を受けようとする理由はないはずだ。

 碧子と同じような事情でもないかぎりは。

「そうだ、紹介しておこう。彼は倉坂栄司。君と同様、未成年で試験を受ける」

 ここにきたという事は、試験を受けるということである。それが読めないほど、正義は抜けていない。

 倉坂栄司・・・碧子と正義が出会ってから十数年の間に正義が見つけた、もう一人の逸材。

「あんたが今井碧子か。オッサンから話は聞いてるぜ。まあ、よろしく頼むわ」

『お・・・オッサン!?』

 それが正義を示す言葉であることはすぐにわかった。しかし、仮にも刑事を目指している者が、警視総監に対してオッサンとは・・・。

 試験を受けるということは、相応の実力があるのだろうが、彼の態度が災いして、全く聡明に見えない。典型的な馬鹿にしか思えないのだ。

「積もる話があるみたいだから、俺はさきに行ってるぜ。じゃ」

 さっと手を挙げ、少年は試験会場へ入っていった。

「ああ言う性格だが、能力はある。君と彼が揃えば、警察の革命に抜かりはないだろう」

「はあ・・・」

 正義は保険を用意していた。一人では足りない。二人でも足りないかもしれない。ならば三人だ。警察の革命に妥協はいらない。貪欲に、人材を集める必要があったのだ。

 警察は巨大な組織だ。底辺から頂点まで、数えきれないほどの人間がいる。正義の思想に賛同する者もいれば、反対する者もいる。同じ意見を持たぬ者達も率いて、全てを変えなければならないのだ。

 それがどれほど困難なことなのか、わからない者はいないだろう。我こそは警察を率いるに相応しい。それを証明するためには、まず優秀な人材が必要になる。それだけの人材をまとめ上げている。その事実が、周りの者達に影響を与えるのだ。

「よくぞ来てくれた。お前と栄司が協力すれば、警察の新たな道が開けるだろう」

「は・・・はい。では、行ってきます!」

 国家試験が始まった。今井碧子と倉坂栄司・・・二人の未成年国家試験合格は、警察界を揺るがすこととなった。



 栄司か・・・あいつも碧子と互角の力を持っていたのだな。定期考査などではさした点数を出していなかったが、あれは手加減していたのか。あまりに高い点数を出しすぎると、怪しく思われると感じたのだろう。が、出したら出したで栄司は一躍人気者になっていた。あいつも高校生の年令なのだから、それなりに楽しんでもよかったはずだ。

 まあ、紅水冥との計画で、それどころではなかったのだろうが。

「彼は警察官になってすぐ、初めての仕事を命じられたわ。何かわかるわよね?」

 達也を影で見張り、何かあれば護衛する。正義が私情全開で命じた仕事である。

 栄司のことも考えた上でのことだろうが、警察に革命を起こそうとしている人間のやることではない。警察の重鎮から相当叩かれた事だろう。

「あれには私も反対したんだけど、結局聞き入れてくれなくて・・・」

 頑固な男だ。一度決めたことを曲げることはそうない。

「母さんが死んでから、仕事への執着が増した。親父は今特急電車の状態・・・止めろというほうが無理だ」

 葬式で、彼は心に誓った。仕事に生きると。妻の死を振り返らないことで、彼女が心配しないようになると思ったのだろう。不器用な彼ができる、数少ない気遣いの一つだった。

 幼かった達也は正義の胸中を察することができず、拗ねてしまったのか、世の中に光を見出だせない人生を送ることになった。非社交的と言う以外に表現の見つからない少年は、母親の死をきっかけとして変わってしまっていたのだ。

「そうなのよね・・・奥さんがいたのよね」

「・・・?」

 この言葉が何を示すか、わからない者は少ないはずだ。

 何故警察に入ったのかと言う問い。どうやらその答えは、単純に約束だったからと言うわけではないらしい。鈍い達也は、それに気付かないでいる。

「刑事になってすぐ、あなたのことを聞いたわ。正直ショックだった。今までの努力が、全て突き崩されたような気がした」

 碧子が聞かされた、達也と妻の存在。彼女にとって、それは最悪の告白だった。それまでの苦悩は、ただ約束を守るために味わったのではない。十数年耐えてきた努力は、最悪の形で裏切られたのだ。

「お喋りがすぎたわね。さ、早くあの二人を捜し出しましょう」

「碧子・・・お前」

 空から目線を戻した碧子の目は、悲しみに満ちていた。

「女の心って、意外と深いのよ」

 全てを察した達也は、しばらくその場に立ち尽くした。



 扉を強く叩く。家の扉は木製で、思い切り叩くとヒビが入りそうになる。今時木製なんてありかよ。田舎じゃあるまいし・・・俺の勘違いか?鉄製よか軽いし、趣もあるような気がするけど、やっぱり古い感じがするなあ。全国の玄関が木製の家にお住まいの方、すみません。

 数時間前、いきなり街から人影が消えた。テレビを見てなかったからよくわかんねぇけど、どうもオッサンが引きこもり勧告を出したらしい。外で孤立した俺たちを捕まえようって魂胆だろ。さすがオッサン。頭の働き方が違うぜ。

 それでどっかの家に匿ってもらおうと思って、こうやって誰かさんの家を訪ねて回ってるわけだ。

「ここもダメか・・・仕方ない。次の家にいこう」

「警察はもう動いているはずよ。このままじゃ・・・」

 冥は焦っている。二人で逃亡したまではよかったが、まさかこのような策を正義が考えていたとは思わなかった。静まり返った街、誰もいない道・・・これほど静かな時間を過ごしたことはしばらくなかった。しかし、ゆったりとした時間に浸っているわけには行かない。栄司と冥には余裕がないのだ。

 諦めて家を訪ねようと思い、歩きだそうとした。しかし、誰かに腕を掴まれ、足を踏みだせなかった。

「おわっと、危ないじゃねぇ・・・か・・・」

 怒鳴ろうとしたが、すぐに勢いを失った。不機嫌そうに振り返ると、七十から八十ぐらいの老婆が立っていて、栄司の腕を掴んでいたのだ。

 先程の家から出てきたようだ。その証拠に、木製の扉が開いていた。

「あ・・・と、突然すみません。警察の勧告を見損ねて、外に取り残されてしまったんです。鍵もどこかに落としてしまって・・・申し訳ありませんが、しばらくおいてくれませんか?外にいると、犯人扱いされてしまうかもしれないので・・・」

 考え得る言葉を重ね、何とか入れてくれないかと懇願する。

栄司自身、丁寧な言葉遣いができないわけではない。必要なときには敬語も使う。しかし、普段からそうしていることは、栄司にとっては息苦しい。人生の大半を素で生きていたい。そう思い、丁寧な態度を取ってこなかった。正義をオッサンと呼ぶのも、そんな思いがあるからである。本当は心から尊敬している。だからこそ・・・。

「それは大変ねぇ。どうぞお入りになって」

 老婆は快く受け入れてくれた。すみませんと言いながら、老婆の家に入る。なかも木でできており、この時代に珍しい純粋な和風の家だった。

 畳の上を歩き、居間へ案内される。

「お茶を入れてきますので、少し待っててくださいな」

「あ、どうぞお構いなく」

 そう言ったが、老婆は台所に行ってしまった。気のせいだろうか。何だかうれしそうである。

 栄司は部屋を見渡す。落ち着いた雰囲気が、何となく心地いい。冥はと言うと、心底ホッとしたのか、胸を撫で下ろしている。

「はぁ・・・一時はどうなるかと思ったわ」

「そうだな。まあ、しばらくここで時間を潰そう」

 二人が外にいないことに気付くまで、少し時間がかかるだろう。それまで、この家で過ごすことにした。

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