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第三章 Sky blue, meets Justice2

 少女が正義の手を握る。温かい・・・少女はそう思った。今まで生きてきて、これほど身も心も温かい感じのするものに触れたことがあっただろうか。

 この世に生まれ出でてから四年。人も物も、少女が触れるもののすべてが、凍えるかと思うほど冷たかった。純粋な子供であった少女は、この世界に存在するものすべてが冷えきっているのだと思っていた。

 けれどこの人は、今まで見てきたものとは違う。そんな気がする。

「さあ、君の番だ。名を教えてくれ」

 正義の目は真剣だった。その目を見れば見るほど、少女は申し訳ない気持ちになった。

 若干四歳の少女に対しても礼儀を怠らない。その誠実さに答えることができない。少女にできる返事は、一つしかなかった。

「・・・ない」

「!」

 少女の口から漏れたわずかな声を、正義は確かに聞き取った。聞き間違いなどではない。この少女は、無いと言った。

 何が無いのか、それは会話の流れから容易に読むことができる。

「名が・・・無いのか?」

 少女が頷く。何という事だ。答えの無い問いを、警察は投げ掛けていたのか。黙り込むはずだ。自分の名前がわからないのだから・・・。

「すまなかったな。無理な質問をしてしまった。しかし、君の家族は?」

 今度は横に首を振る。少女は生まれた直後、孤児院に預けられた。ずっと生きることに無気力であった少女は、ついに孤児院を抜け出し、夜の町を彷徨っていたのだ。

 なら孤児院に帰せばいいではないかと思われがちだが、そう簡単にはいかない。

 と言うのも、少女は孤児院の住所を覚えていなかった。四歳の子供でも歩いてこれるであろう孤児院はいくつかあり、名もない少女がいたそれを特定するには、相当の時間がかかるのだ。

『それまでの間、ここで預かるか・・・』

 一日や二日、少女一人を預かることは造作もない。少し可哀想だが、いつも自分が寝ているソファを使ってもらうとしよう。では正義はどうするのか疑問に思った方々、心配は無用である。

 床で寝る。

 とりあえず、この少女に関しては目処が立った。残るは・・・。

「・・・?」

 突如、正義が椅子から立ち上がった。その行動に、少女は首を傾げる。

「可能なかぎり早く、君のいた場所を見つけるために調査をさせる。しかしその前に・・・わかるな?」

 男の事情聴取だ。正義がこの部屋にきた時点では、何の進展もなかったのだろう。署長自ら二人に事情聴取・・・よく働くお偉いさんである。だからこそ、少女も彼を信じる気になったのだが。

「眠くなったら、ソファを使ってくれ。申し訳ないが、それで我慢してほしい」

 少女はもう一度頷いた。居住している場所が判明するまで預かってくれるといっているのだ。その上で文句を言うのは横暴だろう。

「・・・一つ、聞いておきたい」

 ドアノブに手を掛けたところで、正義が振り返る。彼と話す機会が増えたためか、少女が勢い良く顔を上げた。

「名が欲しいか?」

 普通であるならば、考えられない質問である。人として存在する者に対し、名が欲しいかなどと言う問いをすることになろうとは・・・。

 今、正義が何を考えているか、察しのいい人ならば解釈できただろう。しかし、相手は四歳の少女である。彼の胸中を察することなどできるはずもない。

 名前とは、自分が自分であると確認するための・・・自分を他の人間と区別するためのものである。それがないと言うことは、己を確認できず、他と区別できないことと言える。

 考えてみてほしい。もし今、自分に名がなかったとして、それによって発生する孤独感に、あなたは耐えられるだろうか。自分が誰かもわからない。誰も自分の名を呼ばない。呼んでもらうことができない。誰も自分の存在を証明してくれない。自分だけが、違う世界にいるような感覚・・・。それにあなたは正気でいられるだろうか。

 早くこんな状態から抜け出したい。自分の存在を確認したい。その思いのまま、少女は頷いた。

「・・・そうか」

 ふむ・・・そうか。少女の返答に心底同意したのか、正義が何度も頷く。

 その様子が、何となく可笑しかった。

「初めて見たな。君の笑顔を」

「・・・!」

 自分が笑っていることに気付き、自身で驚く少女。自分からしても、よほど珍しい事なのだろう。もしかしたら、今が初めてなのかもしれない。

「その表情を忘れるな。そのように笑顔でいてこそ、君はより輝くことができる」

 そう言って、正義は部屋を出ていった。

 これはまた照れ臭い台詞をぽんぽんと・・・言っていて何ともないのだろうか。半ば呆れつつ、少女は高い椅子から下りる。

 眠りにつくわけではない。あの人の近くにいたいのだ。邪魔になるかもしれないが、彼の温かさを忘れたくはない。

 少女がドアノブに手をのばす。本来なら冷たいそれに、彼の温かさが残っていた。



「いい加減に答えろ。お前の仲間はどこにいる!?」

「知らねぇな。何せ俺はごく普通の一般人なんでね」

 なるほど。これは曲者だ。

 男の事情聴取を初めてから数時間。少女のところから戻って来たはいいが、思ったとおり何の進展もなかった。相手は悪の権化。そう簡単に口を割るとは最初から思っていない。捕まえられただけでも上出来というものだ。あの子に感謝しなければな。

 しかし、このまま何も聞き出せなければ、証拠不十分でこいつを解放せざるを得なくなる。裏組織を壊滅に追い込むチャンスなのだ。一つでも多く情報を・・・。

 ガチャッ!

 部屋の扉が開いた。突然のことに、その場にいる全員が扉の方を睨み付ける。

「・・・・・・」

 扉を開けたのはあの少女だった。睨まれたことに驚いたのか、少し怯えているように見える。正義が目当てなのだろうが、タイミングが悪い。

「こら君、勝手に入っちゃダメだよ」

 直ぐ様警官が注意する。うるさい。こんな奴に用はない。

 警官を無視し、男の方に歩み寄る。当然、男は手錠をかけられている。だが、そんなことは関系なく、彼の目は狂気に満ちている。多少の恐怖はあったが、問題ない。

「き、君!」

「待て」

 少女を怒鳴り付けようと声を荒げる警官。しかし、正義がそれを制した。彼には少女の意志が伝わっていた。そして少女にも伝わっていた。何が起きようと、彼が必ず助けてくれると。

「・・・銃」

「あ・・・?」

 少女の言葉の意味がわからないらしい。無理もないだろう。いきなり銃の一言では。

「・・・銃、持ってる?」

 これは驚いた。若干四歳の少女が銃という言葉を知っていようとは。それほどこの国が荒れているという事なのか・・・。

 正義が複雑な心境に浸っている間にも、話は進む。

「はぁ・・・?持ってるわけねぇだろ。俺はごく普通の一般人なんだぞ」

 嘘臭い。そして白々しい。正義がイライラし始めた時、少女が僅かに笑った。まるで勝ちを確信したかのように。

「・・・あの硬いの、何?」

 自分の頭を指差しながら、男に問う。その瞬間、男の表情が曇った。

 馬鹿な・・・!さっきは銃を持っていなかったはずだ。いやしかし、このガキが・・・。まさか持ちっぱなしだったのか?いや、だったら今も持っているはずだ。いやいや、あの男に殴られたときに落としたのかも・・・。

 男が混乱し始めていることに、少女が気付かないわけがない。さらに追い打ちをかける。

「・・・ねぇ」

「何だ?・・・!」

 今度は正義に声をかける。最初は戸惑っていたが、要求されていることを理解した。隣にいた警官に何かを指示し、外に出す。ちなみに、男は混乱していて彼らの行動に気付いていない。

 プルルル・・・プルルルルル・・・。

 携帯電話の音が鳴った。何の飾りっ気もない音が、部屋に響く。

「・・・私だ」

 どうやら正義の携帯だったらしい。男と少女に背を向け、相手と対話する。

 まさか・・・銃が見つかったのか!?男はおろおろしている。その様子を見ながら、少女は面白いものでも見るかのように微笑む。

 気が付いているだろうか。男の頭の中では、すでに銃を持っていたことになっている。ついさっきまでは半信半疑だったというのに。そして、更なる攻撃を実行する。

「何だと!?」

 正義が大声を上げた。途端、男が一気に青ざめる。発見されてしまったに違いない。何ということだ。

 それにしても正義・・・割りと上手い。そう思いながら、少女が最後の攻撃に移る。

「ねぇ、あれ何だったの?」

「・・・!」

 もはや絶体絶命・・・こうなったら手は一つしかない。

「お、俺の意志じゃないんだ!組織の長に言われて・・・」

「長・・・?その人どこにいるの?」

 少女が首を傾げて問う。作戦どおり。そう思った男は、全てを吐く。

「三丁目の坂崎ビルがアジトなんだ・・・長はそこにいるよ。俺は強引に銃を持たされてたんだ、信じてくれ!」

 無理矢理やらされたことにして、自分は罪から逃れる。男はうまく行ったと思った。しかし・・・。

「・・・なるほど」

 パタンと携帯を閉じ、向き直る正義。続いて、先ほど出ていった。警官が帰ってきた。少女はと言うと、男に背を向けてくすくす笑っている。

「坂崎ビルに十数名を向かわれろ」

「はっ!」

 さっき入ってきたばかりの警官が、急いで出ていく。少女は今だに笑っている。ここまでうまく行ったのが面白くて仕方ないのだろう。

 一方、男は状況が理解できず、唖然としている。そんな男を置いて、二人は出ようとする。

「お、おい、一体どう言う・・・」

 男の問いに、正義が振り替える。

「感謝するぞ」

 その一言を聞いて初めて、男は全てを理解した。



「ご苦労だったな。おかげで助かった」

 二人がいるのは警察署の屋上。高さはマンションの四階ほど。空にはいくつか星が輝いている。

 空気の汚れた都会では、見える星が少ない数えることはできないが、田舎に比べればはるかに少ない。

「将来、警察官になれるかもしれんな」

 正義は愉快そうに話している。少女はただ、正義の横顔を見ている。

「君のような人物が、警察の未来を変える」

「・・・あなたは変えないの?」

 素朴な問い。正義はた目息をつく。己の無力さを悔やむかのように。

 現在、正義は警察署署長。彼よりも上の立場に立つ人間は何人もいる。今変えようと思っても、彼の地位ではどうしようもない。警察を進化させるには、もっと上へ行かなければ。

「・・・」

 正義の胸中を察し、言葉がない少女。相手への気の遣い方、回転の早い頭脳・・・どれをとっても四歳のものではない。

 男に組織のアジトを吐かせた少女を見て、正義は思った。天才だと。

「・・・警察にこないか?」

「え・・・」

 下心がないと言えば嘘になる。彼女のような天才が警察にきてくれれば、警視庁は大きく前進する。一人の力には限度があるが、他の逸材が見つけられれば、革命も夢ではない。

 身勝手極まりないが、警察を変えるためには・・・。

「・・・約束」

 気が付くと、少女は指切りの形を作り、自分に向けていた。

「私が警察官になるまでに、一番上にいって。そうしたら、あなたを助けてあげるから」

「・・・!」

 警察の一番上・・・つまり警視総監。それは警察に革命を起こすための絶対条件である。少女が警察官になるまで十数年。その間に、警視総監になれれば、全ては揃う。

 それにしても、なんと頭の回る少女なのだろうか。自分が期待されていることを理解している上で、正義に更なるやる気を出させようとしている。改めて、この少女の聡明さに気付かされる。

「・・・うむ。いいだろう、約束だ」

 二人は約束を交わした。十何年も先に果たされる、長い約束を。

「・・・と、忘れるところだった」

 突然紙とペンを取り出し、恐ろしいほどの速さで何かを書く正義。それを見ながら、少女は首を傾げる。

 ものの数秒で何かを書き終え、紙を少女に渡した。紙には4文字の漢字が書かれている。

「これ・・・」

「もうすぐ孤児院の人間が迎えにくる。十数年後にまた会おう。今井碧子」

 そして十四年後、二人は再会を果たした。

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