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第二章 茶色と紅1

 世の中にこれほどややこしいことが起こるものだとは、思っていなかった。

 死刑を言い渡された連続通り魔が脱走。そいつを含む二人が転校生として俺のクラスに。そしてその三日後に、一件の殺人事件。容疑者は二人。どちらかが連続通り魔。どちらかは恐らく一般人。

『どうやら事件があったとき、二人とも学校にいなかったらしい・・・。くそ、どっちなんだ!?』

 碧子が不在だったことは知っている。しかし、冥もいなかったことによって、事態は達也の中で、混乱を見せている。

 ちょうど事件が起きたとき、冥はもう時間だから、などと理解不能な言葉を残し、学校からいなくなっていたと、栄司が言っていた。

 もう時間だから・・・だと?何だその理由は。どこかのヒーローじゃあるまいし、そんな理由で学校を抜け出すとは・・・。おかげで話がややこしくなってしまったではないか。

 それらに加え、達也にはもう一つ、解くべき謎がある。

「究極の悪とは、自分の手を汚さずに、命を刈るものだ」

 正義の言葉も理解しがたい。確かに、真に賢い犯罪者は、他人の感情を利用して犯罪を起こさせる場合が多い。しかし、今回の事において、それは考えにくい。

「・・・・・・」

「お、まーた恐い顔してやがるな」

 栄司が机に座っている達也を発見した。いつものようにニヤニヤしながら寄ってきて、いつものように達也の頭を軽く叩く。

 この男・・・もう立ち直ったのか?

「いつまでも暗い顔してんなよ。俺が言うのも何けど」

 正しくその通りである。一体誰のせいでここまで深く考えなくてはならなくなったのか。もとを正せば栄司が発端である。まあ、今更どうこう言う気はないわけだが。

 栄司の方も、こんなことになると予想して、達也に話したのではないはずだ。こんな事が起きていると、他愛も話をしようと思っただけなのだ。

「そう言えば今日もいないな。紅水の奴」

 転校早々に学校を抜け出してから、達也の隣の席は空きっぱなしであった。

 学校側にも連絡が届いていないらしく、どう言う事情で休んでいるのかはわからない。転校して間もない、幽霊部員ならぬ幽霊生徒・・・。誰も座っていない席が、淋しそうに佇んでいた。

「まだ仮説だけどさ、例の通り魔、紅水なんじゃないか?」

 可能性は高い。証拠もなしに人を犯人扱いするのは失礼だ。しかし、使われていない机と椅子が、彼女に対する疑いを増幅させる。一方、碧子は毎日出席し、その優秀さを勉強で証明している。

 この差をみれば、どちらが有力候補か、言うまでもないだろう。

「いずれ、また事件が起こるかもしれない。その時までには、結論を出さないとな」

 二日後、居酒屋を経営する中年の男性が、遺体で発見された。



「くそっ、またか!」

 知らせを受けた達也が、拳を机に思い切り叩きつけた。強い衝撃を受けた机には、大きなヒビが入ってしまっている。

 また犠牲者が出てしまった。どちらであるか、ひたすら考えていたが、結局結論が出ないままだ。

 どちらも怪しい。しかし、どちらも血で己の手を汚すようには思えない。堂々巡りのまま、また一つ命が散った。

『情けない・・・犯人は二人に一人。二択じゃないか。正解率は五十パーセントもあるじゃないか。俺は・・・何をやっている!』

 自分への情けなさもさることながら、栄司と顔が合わせづらい。一体どの面下げて会えばいいのだ。

『たかが二択だと言うのに・・・。待てよ?』

 達也はここへきて、重要なことに気付いた。

 そもそも、本当に二択なのだろうか。

 考えてみれば、確実に二択だと言う確証はない。栄司から、転校生の一人が連続通り魔であると言われてから、絶対にそうだと思い込んでいた。しかし、冷静になって考えてみると、この学校よりもレクイエム刑務所から近い場所にある学校はたくさんあることに気付く。この学校にくる理由などない。別の学校に行こうと思えば、どうとでもなっていたはずである。

 何故わざわざこの学校に来たのか……。何か目的があって来たとした考えられないが、その理由がわからない。転向する学校を変更してまで、この学校にきた理由・・・。

 その時、ある言葉が達也の脳裏をよぎった。

「究極の悪とは、自分の手を汚さずに、命を刈るものだ」

『・・・!』

 こう考えるのはどうだろうか。連続通り魔事件は、通り魔個人の行動はなく、そいつ上に、黒幕と言うべき究極の悪が存在しているのではないだろうか。

 理由の見当たらない殺人・・・それは、誰かの為に行ったものなのかも知れない。もちろん、それによって罪を逃れられるわけではない。しかし、もしこの仮説が真であるとすれば、黒幕である人物を許すわけにはいかない。

 どう言う理由があるにせよ、本来自分の行うべき犯罪を、他人にやらせているのだ。許される許されない以前の問題である。

 わけのわからなかったこの騒動も、ある程度ではあるが、ようやく真相に近づいてきた気がする。一刻も早く、殺人をさせられているのが誰なのか、特定しなければなるまい。

「教室の端で物思いに耽っているなんて、随分陰気ね」

「!・・・今井か。俺に何の用だ?」

 教室の扉に、今井碧子がもたれかかっていた。いつからいたのか知らないが、全く気配を感じさせないとは・・・できる。

 などとふざけたことを考えている場合ではない。ほぼ誰もいない教室に、容疑者の一人が現れたのだ。警戒しなければ。

「そんなに恐い顔しないでくれる?何も取って食べようってわけじゃないんだから」

 どうだかな。焼かれるか煮られるか・・・何されるかわかったもんじゃない。速攻で薄切りにされる可能性もある。

 いや、薄切りよりもサイコロステーキの方が俺は好きなのだが・・・。

「話があるわ。会議室にきてくれる?」

 誰が行くかと言いたいところだが、事の真相がわかるかもしれない。

「・・・いいだろう」

 俺の返事を聞くと、碧子は体の向きを変えた。この学校の会議室は、北、南、西の三つの校舎のうち、南館の一階にある。

 職員室や校長室から近く、生徒が近づくことはほとんどない。ここ数か月の間使われていないようで、前にみたときには、すべての机が埃をかぶっていた。

「入って」

 勿論、達也は会議室に入った。久しぶりにきた会議室は、綺麗に掃除され、チリ一つ内状態になっている。が、そんなことをどうでもいいと思わせるメンバーが、そこに集まっていた。

 校長と教育委員長が、部屋のホワイトボードから一番遠い位置に座っている。並べられた机には、警察の制服を着た男たち。しかも、雰囲気からして、この者達は一介の刑事ではない事がわかる。そして、窓から外を見ている一人の男・・・。あの後ろ姿は間違いない。

「総監、ご子息をお連れしました」

 碧子が外を見ている男に敬礼する。報告を受け、警視総監神崎正義が振り返った。

「ご苦労だった、今井刑事。席に戻るといい」

「はっ!」

 もう一度敬礼し、碧子は達也をおいて、空いている席についてしまった。勿論達也には、この状況が理解できない。

 何かとんでもないことを聞いた気がする。さっき確かに、正義が碧子の事を刑事と呼んだ。

「達也、何をしている。お前はそこだ」

 二列目の誰も座っていない席を指差す正義。座れと言っているのだろう。座っている男たちも、同じ事を言いたそうに、達也を睨んでいる。

 しかし、何も理解していない達也には、まずやることがあった。

「ど、どう言うことなんだ、これは!?」

 何よりも先に、達也は説明を求めた。

 何が何なのかさっぱりわからない。今ここにいる警察官は、碧子を除いて皆お偉いさんのように見える。なぜ自分がこんなところに呼ばれたのか。いや、それ以前に、未成年である碧子が刑事とはどう言うことなのか。

「お前の疑問を含めて、今から説明する。まずは落ち着け、そして座れ」

 反論する余地もなく、達也は席に座った。それを確認し、正義は最前列に座る。

「・・・役者が揃ったところで、この事件の経緯を、再度確認する。今井刑事」

 再確認とは建前で、達也に対する説明という方が正しい。いや、校長と教育委員長に対するものとも考えられるか。

 指名を受けた碧子は立ち上がり、前に出てきた。ペンのキャップを抜いたことからして、ホワイトボードに何かを書くつもりなのだろう。

「今から約一ヵ月前、史上初めて、未成年にして死刑を求刑された連続通り魔が、レクイエム刑務所から脱走。新聞で報じられたのは、それから約十日後です」

 つまり、十日間もの間、警察は通り魔の脱走を隠していたと言う事だ。

「何故今まで黙っていた。警察の面子か?」

 不機嫌そうに、達也が問う。助けられたはずの命を犠牲にして、警察は今ごろ本格的な行動を開始。となれば、文句の一つも言いたくなる。大声で叫んでやってもいいぐらいである。

「・・・そう思うのなら聞くけど、もしすぐに報道していたら、小学生前後の子供たちは、学校に通えたかしら?」

 勿論無理である。連続通り魔などという、危険を形にしたような者が、自分の子供の周辺をうろついているかもしれないと思えば、世間の親たちは即、子供の登校を禁じただろう。

 しかし、家に籠もっていた方が安全なのは事実だ。危険を冒さしてまで通わせる必要があるほど、学校とは重要なものなのだろうか。

「まあ、それを真実と取るか、言い訳と取るかは、あなたに任せるけど」

 そう言うと、碧子は次の段階へ行くため、書類をぺらぺらとめくる。任せると言われても、どう判断すればいいのか。

 警察側の言い分もわかる。しかし、公表しなかったから、本来よりも多くの命が犠牲になっている。結局、達也が結論を出せないまま、説明は続けられた。

「そしてその後、通り魔がこの高等学校へ入ることを知った我々は、同じタイミングで、転校生という形で潜入する作戦を決行。その際、潜入捜査官として選ばれたのが、私」

 時は冒頭へと戻る。



「紹介しよう。今回、対策の要となる・・・今井碧子刑事だ」

 異様な雰囲気を漂わせる会議室に、一人の少女が入ってきた。会議に参加している者達は、総監の言いたいことが理解できない。

「総監、何だねその子は?」

「みたところ、高校生程の子供のようだが・・・まさか、その子が要だというのか?」

 ああ、ついに総監も狂ってしまったか。その場に集った者達は皆、そう思った。たかが子供にできることなどない。

「今井刑事はつい最近、この年令で国家試験に合格し、正式な刑事となった。言うなれば、警察界の新兵器だ」

 総監の言葉を聞き、会議室が騒々しはじめる。未成年、しかも高校生が国家試験に合格したとなれば、常識を揺るがす大事件である。

 通り魔、紅水冥が逮捕された直後に合格した今井碧子の存在を知り、警視総監神崎正義が、こんなときのために就職を許可したのだ。そのために国の偉いさんを、何日もかけて説得しなければならなかったが、無駄ではなかったようだ。

「たった今入った情報によれば、紅水冥は県立謳鳳おうほう高等学校に通うつもりのようだ。奴と同じタイミングで、今井刑事を転校生として潜入させる。今作戦の概要は以上だ」

 そして数日後、今井碧子と紅水冥の二人が、達也のいるクラスに新しい仲間として参加した。



 この説明で、なぜ未成年の碧子が刑事になれたのかわかった。

 高等学校へ自然に潜入するには、碧子のような、、現役高校生と同じ年令の人物が最適だったのだ。そのためにわざわざ国の者達を説得するとは・・・神崎正義、おそるべし。

「そして数日間、私はあなた達のクラスメイトという肩書きで、捜査をしていたというわけ」

 碧子が学校内で、平然と携帯電話を使っていた理由がわかった。もし緊急の情報が入ったとき、それを早急に伝えられないのだ。

 そう言う事情から、校長や教育委員会に許可を求めたのだろう。

「なるほど。しかし、そこまで進んでいたのなら、なぜ早くあいつを逮捕しない?」

 これだけの面々が集まっていれば、いかに連続通り魔と言えど、逮捕することは容易いはずだ。

 なぜそれをしないのか、その理由は、驚愕すべきものであった。

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