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第一章 疑惑ノ薫リ1

 少し前に、とある記事が、世間を騒がせた。

 『前代未聞!未成年凶悪殺人犯に死刑判決!』と言う見出しが、新聞の一面を飾った。

 記事の詳しい内容は、こうである。

 日本中を恐怖に包み込んだ連続通り魔事件の真相が、昨日未明明らかになった。驚くべきことに、犯人は十五歳の少女だった。数十名もの命が犠牲となったこの事件、検察側は今までに類を見ない、未成年の起こした事件に起訴する意向を示している。

「犯行者の思考は危険極まりなく、更正の余地もない。未成年とは言え、法によって罪の重さを測るべきである」

 と警視庁総監、神崎正義しんざき まさよし氏は語っている。

 そして数ヵ月後、新たな記事が一面を飾る。

 『十四歳の通り魔に死刑判決!』

 この報道に、世間は揺れた。日本国憲法が定まってから、初めて未成年に法的罰・・・しかも死刑が執行される。

 その判決によって、通り魔事件は幕を閉じたかに見えた。



 ・・・・・・。



 少年がいる。少し癖のある黒髪で、学生服に、手には小さな鞄を持っている。

 少年は今、自身の通う高等学校に登校するところである。そのため、周りには学生服を着ている少年少女がたくさん歩いている。しかし、少年に声をかける者はいない。

 誰もが少年に話し掛ける事無く、学校の正門へ向かっている。

 少年は非社交的だった。

 寡黙で、他人との関わりを持ちたがらず、クラスの中でもずっと黙っている。入学当初は、彼を気遣って軽く話し掛ける者もいた。しかし、ことごとく玉砕し、今では皆諦めてしまっている。

 少年もその事をわかっているが、正直、どうでもいいと思っている。

 下らない連中がどう思おうが、関係ない。人付き合いは必要最低限、関われると思った者とだけ、関わっていけばいい。 友達がいないわけではないのだから・・・。

「よう、神崎!」

 後ろから走ってきた茶髪の少年が、黒髪の少年の背中を叩いた。

「今日も目付き悪いなー。ちゃんと寝てるか?」

「・・・余計なお世話だ」

 黒髪の少年=神崎達也しんざき たつやは、無愛想に答える。茶髪の少年は、それにもう慣れていた。

 その適応能力が、達也との友情に繋がっているのだ。

「にしても、お前の親父って意外と渋いな。どんな人なのかと思ったら」

 達也の父・・・つまりは警視庁総監、神崎正義。未成年の通り魔に、死刑が確定した際に、マスコミのインタビューを受けていた。それが放映され、学校中に達也の父の職が知れ渡ってしまった。

 達也はその事を黙っていた。只でさえよく思われていない状態でそんな事が知れたら、さらに面倒なことになってしまうからだ。

「・・・・・・」

「ま、まあいいじゃんか。そう言う奴らは勝手にさせておけば」

 勿論そのつもりである。しかし、連中の行動が度を超さないとも限らない。警戒するべきだな。

「それよか、今日オレらのクラスに、転校生が来るらしいぜ」

 達也の雰囲気に耐えかねたのか、茶髪の少年=倉坂栄司くらさか えいじが話題を変える。

「転校生・・・?」

 別に興味はなかったが、スルーするわけにもいかない。とりあえず話を聞くことにする。

 今転校生とは・・・季節外れだな。

「何でも、二人来るらしい。妙だと思わないか?今の時期に、しかも二人なんて」

 さっさと考えを述べず、栄司は黙った。どうやら、聞いてほしいらしい。

 このまま放っておいてもいいが、さすがにそれは可哀想だろう。達也は調子を合わせることにした。

「・・・何が妙なんだ?」

 栄司は待ってましたとでも言うように、懐から紙の束を取り出した。新聞のようだ。

 ガサガサと音をたてながら、栄司は小さくたたんだ新聞を開く。

「お前は新聞取ってないから知らないだろ。ほら、これ」

 栄司がある記事を指さした。それは一面を飾っており、でかい黒字が、もともと白かった紙に並んでいた。

 『恐怖再び!未成年死刑囚脱走!』

「・・・!」

 それは、世にも恐ろしい記事だった。

 数十人と通りすがりを殺したとして、数ヵ月前に、未成年にして死刑判決を受けた者が、刑務所から脱走したと言うのだ。

「この記事に載ってる奴な、近くにあるレクイエム刑務所から脱走したらしいんだ。こいつの年令とタイミングからして・・・」

「この脱走犯が、転校生だって言いたいわけだな?」

 達也は先を読んでいた。話の流れからして、先読みはさして難しくなかっただろう。

 刑務所から脱走した死刑囚が、この学校に転向してくる・・・。栄司も妙な仮説を立てたものである。

「ありえない話じゃないと思うぜ。身を隠しやすいし、いざとなったらクラスメイトを人質に取ればいい。絶好の場所だ」

 彼の言う事も一理ある。さらに付け加えるなら、達也達を含む一般人は、脱走犯の顔を知らない。

 中途半端に少年法が適応され、犯人の顔が公表されなかったのだ。

 そう言ったことも含めて、一般に紛れるには、都合のいい場所だろう。

「・・・とりあえず、様子を見るか」

「どんな野郎か、顔を拝ませてもらおうじゃねぇか」

 二人は忘れていた。その脱走犯が、『野郎』ではないことを。



 ホームルームが始まる3分前。教室はいつものようにざわざわし、そしていつものように、達也は黙って席に座っていた。

 窓の外を眺めつつ、時間が過ぎるのを待つ。

 転校生が姿を見せるのは、ホームルームが始まってからだろう。それまでの時間を、達也は外を見ると言う、非社交的極まりない方法で過ごしている。

 別に外で何かが起きているわけではない。家の屋根が並び、どこの誰かもわからないサラリーマンが、道路を歩いているだけである。特別なものは何もない。しかし、達也からすれば、迂闊に嫌いなクラスメイトと殴り合い寸前の討論を展開しているよりは、この普通な外の景色を見ている方が楽しいのだ。

 恐らく、ホームルームが始まるまで、達也の目線が教室の中に戻ることはないだろう。

 十分程して・・・。

 いつまで経ってもうるさいままの教室の扉が開き、ハゲ頭の見事な教師が入ってきた。あそこまでハゲた頭が輝くとは・・・ある意味芸術だ。と漏らしたのは達也。あの教師、絶対頭にワックス塗ってるぜと言い切ったのは栄司である。

 真相は定かではないが、いずれにせよ、この教師がハゲていることは変わらない。

「えー、すでに知っている者もいると思うが、今日からこのクラスに、転校生が二人参加する」

 妙な日本語である。しかし、それに突っ込む生徒はいない。

 知らなかった者は、そうだったのかと驚いた表情を見せ、知っていた者は自慢げに腕を組んでいる。ちなみに、栄司はニヤニヤと不気味に笑っている。

「先生!女子ですか、男子ですか!?」

「二人とも女の子だ。入ってくれ」

 生徒の問いに答え、扉の向こうを見ながら手招きする先生。女の子と聞いて、男子が更に騒ぐ。

 うれしそうな者達とは対照的に、達也は驚愕の表情だった。

『馬鹿な・・・!連続通り魔は女!?』

 達也が栄司に目をやる。すると栄司はごめんと手を挙げていた。言い忘れていた・・・と言うより、栄司自身も忘れていたようだ。その証拠に、男子達の騒ぐ声に交じって、はぁ!?と叫ぶ栄司の声が聞こえていた。

 これから入ってくる二人の内、どちらかは何も知らない一般人。そしてどちらかは連続通り魔・・・。達也と栄司の周りに、言い様のない空気が立ちこめる。しかし、他の生徒達はそれに気付かず、転校生が入ってくるのを今か今かと待っている。

 そして、その時が来た。

 先に入ってきたのは、栗色髪をした、ショートカットの少女だった。可愛いと言う形容詞が適切であろう、明るい感じのする、少女である。

「お早ようございまーす!紅水冥あかみず めいです。よろしくお願いします!」

 少女の陽気な挨拶に、約二名を除く、男子達のテンションが急上昇した。少しでも自分をアピールしようと、立ち上がり、大声で叫んでいる者もいる。一方、女子達はと言うと、たった今現れたばかりの少女に対し、敵意の眼差しを送っている。

 達也と栄司は、この大騒ぎの中では声が届かないと思い、目で会話を展開していた。

『・・・どう思う?』

『まだわからねぇけど・・・可能性は低いんじゃねぇか?』

 達也も同感だった。第一印象でしかないものの、殺人者があそこまで屈託のない笑顔を振りまけるとは考えにくい。だがもし、低い可能性が当たっていたとしたら・・・。

 様々な可能性を忘れぬように意識しながら、二人は次の自己紹介を待つ。

 もう一人の少女は、既に教室に入ってきていた。美しいと形容すべきであろう顔立ちと、セミロングの黒髪が、落ち着いた雰囲気を放ち、赤水冥とはちょうど正反対な感じのする少女である。

今井碧子いまい あおこです。よろしく」

 丁寧にお辞儀をし、軽く微笑む黒髪の少女。それを見た男子達は、思わず息を呑んだ。

 先程とは違い、今井碧子の高貴な雰囲気に圧倒されてしまったようだ。

 ここまで静まり返られては、返って話しづらい。達也と栄司は止むなく、また目で話すことにした。

『・・・どうだ?』

『わっかんねぇ。どっちなんだろうな』

 この時達也は、栄司の動作に違和感を覚えた。何となくだが、彼の反応がどこかわざとらしく、大げさに見えのだ。

 気のせいだろうか。

「えーでは、紅水さんは神崎の隣、今井さんは倉坂の隣で、しばらく過ごしてくれ」

 ハゲ教師の指示を聞き、それぞれの場所へ移動する二人の少女。達也と栄司は、男子達の痛い痛い目線に耐えることを強いられてしまった。

 しかも、達也の隣に来た紅水へ注がれる目線の中には、殺意を込めた女子達の目線も交じっている。まさか紅水についたりしないよな?とでも言いたげな女子達の目線が、達也にも注がれる。

 周りのことに気付いているのかいないのか、紅水は笑みを崩す事無く、達也の隣に座った。

「神崎君、よろしく!」

「・・・・・・」

 他人との関わりが苦手な達也にとって、紅水のような性格の人間は、嫌いの部類に入る。無礼かとも思ったが、無視した。

 それに紅水がどう反応したのかはわからなかったが、自分に対する警告の目線が、大分軽くなったのを、達也は感じていた。

「おい、どう言うことだよ。聞いてねぇぞ」

 今井が隣に座るのを確認するや否や、栄司は彼女に文句を言った。

 彼女はカバンから一枚の紙を取り出し、栄司に渡す。この二人、今日初めて会った者同士には、まったく見えない。

「あの人直々の指示よ。あなたには引き続き、今の仕事をこなしつつ、今回の仕事に協力してもらうわ」

「・・・ったく、無茶言ってくれるぜ。あの人も」

 達也の知らないところで、何かが動き始めていた。

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