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終章

 男がいた。男は幼い頃から強い正義感を持ち、正義が悪となる社会を嘆いていた。男は警察官になった。いつか、正義が正義として認められる社会を作るために。正義主義国日本。それが男の夢だった。以下の文を読んでほしい。

 正義=悪。それが現在の社会で成り立っている方程式である。しかし、そうではないと思う。正義が悪と見なされるのは、今の社会が正義を蔑むかのように形成されていて、大半の人がそれに甘んじているからで、全ての原因となっているのが日本国憲法であり、法律である。現在の憲法は国際平和的バランスに優れており、故に日本は戦争によって底辺まで落ちた国際的立場を、現在の位置まであげることに成功した。が、それが結果的に、正義=悪の方程式を成立させてしまっている。正義とは非常に難しいもので、人によって形もやり方も変わる。

 例えば、誰かがいじめられているとしよう。それに気付いたある人が、正義の名の元になどと言いながらいじめていた人間を殺してしまった。これはもう犯罪でしかない。少しでもやりすぎてしまうと、正義は正義でなくなってしまうのだ。行動範囲が狭い上、一人一人基準が違う思想・・・それが正義である。この反則気味な難しさを誇る思想の実現に向けて、頑張らなくてはならないと思う。

 男が小学校の頃に書いた、未来の目標と言うテーマの作文である。そもそも正義とは、決して夢の世界でのみ存在できるものではない。幼くして現実を見据える力を持っていた男。しかし、正義を捨てることは絶対になかった。如何なるときも正義の名の元に、限度を超えないよう動いてきた。その結果、男の正義は周りにも認められ、警察官と言う職につくことが、最も正義を果たしやすい場であると知った。その時、男は中学生だった。

 彼は警察官になるにあたって、ある問題に気付く。その時すでに、積み重なる不正行為によって、警察は信用を失いつつあった。男が警官になる頃には、一般人は警察を信じなくなっているだろう。それでは正義のために働けない。男は迷った。

 迷ったまま高校生になった男は、ある警察官と出会う。警官は男の思想に賛成し、警察の実情を彼に話した。

 元より警察は、正義の組織などではない。警官は報酬をもらうために、犯罪者を捕えているだけだ。警察に勤務する者達は全員、それぞれの家庭を安定させるために、罪を犯した者達を非情に捕えていく。故に、無罪である人物を誤って捕えてしまうこともある。元から方向性の違う警察と言う組織を、正義の組織にしようと思えばどうすればいいか。答えは簡単、革命を起こせばいい。

 警察革命に必要な条件は三つ。一つ、革命を起こす人物が警視総監であること。一つ、革命に必要となる、優秀な人材を集めておくこと。そして、警視総監に就任してから、一度も問題を起こさないこと。これらの条件を全てクリアすれば、警察革命も夢ではない。

 以後、男は警察の革命に向け、ひたすら勉学に励む。派出所で働くような警官になるつもりだったが、それではどうあがいても警視総監になることができない。受ける試験を変え、警察の頂点に立つための道を歩むことにしたのだ。

 その過程で、男は一人目の逸材と出会い、警察革命の約束を交わす。男と少年が出会ったのは、それから数年後のことである。

 少年は小学生だった。学校側が名を馳せてきた男に講演を依頼したことから、二人は顔を会わせることになる。

 講演を行う男に、少年は他の者とは違うものを感じた。天才同士、親近感を覚える何かがあったのかもしれない。

 講演が終了すると、少年はすぐに男に会いに行った。少年を見て、男も彼の才能に気付いたという。

 男は話した。自分の志のこと、それを成し遂げることを、ある少女と約束したこと。それを聞いた少年は、自分も革命に参加することを望んだ。人材を集めていた男は、それを承諾した。

 その時すでに、少年は気付いていた。仮に自分が参加したとしても、革命が成功する可能性が低いことに。少年は数年間解決策を考え続け、ついに思いついたのだ。事故犠牲の計画を。

 中学生になった少年は、一人の少女と出会う。天才同士としては珍しく馬が合い、二人は交際するまでに至る。

 ある日、互いの将来について語り合ったとき、少年は初めて、男との約束と、革命を確実にするための計画を他人に話した。その計画の悲惨さに、少女は思い止まるように説得した。しかし少年の意志は堅く、どうあっても諦めてくれそうになかった。

 そこで少女は、ある提案をした。自分もその計画に協力すると。少年は猛反対した。しかし今度は少女が引かず、結局二人で計画を実行することになったのである。



「オッサンに会ってからずっと、少しでも革命が成功する確率を上げようと考えてた。いくら準備が整っても、組織の性質を変えるのは容易じゃねぇからな。まあ、結局は突き崩すことになっちまったけど・・・」

 雨は依然として降り続けている。勢いを増した雨は、どこかへと流れると同時に冥の血まで洗い流してしまう。彼女や栄司の心に染み付いた血も流してくれるのだろうか。

 栄司が冥の惨殺される場面に居合わせなくてよかったと思う。もし二手にわかれていなければ、彼まで殺されてしまい、事件が最悪の結果を迎えてしまっていただろう。栄司は今後、一生悔やみ続けることを義務付けられてしまったが、双方が殺されてしまうよりも遥かにましである。無礼な言い方かもしれない。しかし、そう言う他にないのだ。

 栄司は革命実現のために冥を巻き込み、何度も殺人事件を起こした。結果、被害者の遺族に復讐され、栄司ではなく冥が犠牲になった。遺族達にはどちらが主犯なのかを見極める力はない。二人が犯人だと判断したら、がむしゃらに襲い掛かるしかないのだ。そして今も、彼らは復讐のために後ろからゆっくりと迫ってきている。

 疑問が残る。遺族のことに関しては想定できなくても仕方ないかもしれない。しかし、なぜ連続殺人を起こすことが、警察革命の成功率の上昇に繋がるのか。

「わかってると思うけど、今の警察は不正行為という形で一般人を何度も裏切った。それによって国民は警察を信用しなくなった。信用を崩すのは簡単だが、一度崩れた信用を回復するのは至難の業だ。今から地道に回復させていったら、マイナスが0になるまで百年かかる。かと言って、強引に革命を起こしたら、国民の理解を得るまでこれまた百年かかる。オッサンが警視総監でいられる間に信用を回復し、かつ理解を得なきゃならなかったんだ。それにはどうすればいいか。俺はあることを思いついた。言わなくてもわかるよな?」

 もちろんわかる。栄司は話を続ける。

「わりと勘違いされがちだけど、警察は事件を起こさせたいための組織じゃない。起きた事件を解決し、犯罪者を捕える。それが警察だ。つまり、元々の使命をこなせば、信用は回復できる。それがでかい事件なら尚更だ」

 要するに、大きな事件を起こして、適度なタイミングで解決することで、本来よりも何倍も早く、警察の信用を回復させることが出来るという事だ。正義まさよしが警視総監でいられる間に、革命を起こせるレベルまで人々に信用されなければならなかった。そのためには、これ以外に方法がなかったのだ。

 自らが犠牲になることで、革命を確実なものにする。それが自分に出来ることの限度だと思っていた。

「ところが、それすら成す事が出来なかった。自分の限界だと思っていたことさえ、俺には出来なかったんだ」

「・・・・・・」

 言うまでもないことだが、栄司は天才と呼ばれる者達のなかでも、とりわけ光る才能を持っている。それは碧子も同様である。そんな彼でさえ、自分が殺した者の遺族の感情を計算することは出来なかった。それによって、全ての計画が崩壊してしまった。

 良かれと思ってしたことが、結果的に正義や碧子、そして警察全体の足を引っ張ることになってしまった。正義が志した警察の未来は、脆くも崩れ去ってしまったのである。

「まあ、俺も大した人間じゃなかったってことだ」

 正義、碧子、冥、栄司・・・直接的であれ間接的であれ、彼ら天才が協力して造り上げようとした誠の組織。それが叶うことはないのだろう。冥は死に、栄司も警察に居続けることは出来ないだろう。

 集結した天才達が、その力を発揮することはなかった。いや、天才達であったからこそ、それぞれの意志が強すぎて、互いの力が反発し、共鳴出来なかったのかも知れない。

「栄司、とにかく捜査本部へ戻ろう。お前には、まだやるべきことがあるはずだ」

 これまで犯した罪・・・それは公平な裁判の元、償わなければならない。それすら出来なくなった人の分まで・・・だ。

「わかってるって。じゃ、連れていってくれよ、刑事さ・・・っ!」

 いつものニヤついた栄司の表情が歪んだ。ガクガクと震えながら、彼は痛みの走る腹に目線を落とす。

 達也が栄司の目線を追うと、栄司の腹を貫いて、真っ赤に染まった刃物の先が怪しく光り、その後ろでは、老婆が刃物で栄司を刺している。この状況を把握するまでに、少し間が空いた。その間にも、栄司の服が血に侵食されていく。

「参った・・・な・・・」

 呟き、糸の切れた操り人形のように、栄司がその場に崩れ落ちる。

「栄司!」

 事情聴取に時間をかけすぎた。二人のすぐ後ろには、復讐心に満ちた遺族達が囲むようにして立っていたのだ。

 まだ終わりはしない。まだ・・・復讐は終わっていない!そう語るかのように、遺族達は各々の武器を振り上げた。

 ガウンッ!

 銃声が響き、遺族達の動きが止まる。ただ一人、先ほど栄司を刺した老婆だけが、武器を握ったまま倒れた。

「武器を持つ者全員に告ぐ。直ちに武器を捨て、こちらに降りなさい。発砲許可は出ている。反抗し次第、射殺です」

 遺族達が後ろに振り返る。その先では、栄司達を追っていた刑事達が、彼らを包囲していた。全員が銃を構えている。反抗し次第、射殺。つまり、この老婆のようになるということだ。

 武器を捨てた者から順に、刑事達が逮捕していく。もちろん、紅水冥殺人容疑で・・・だ。

「達也くん、無事!?」

 碧子が心配そうな顔で駆け寄ってくる。彼女が他の刑事と合流し、ここにきてくれたのだろう。

「俺は何ともない。それよりも、栄司が・・・」

 止血しようとはしている。しかし、止まらないのだ。栄司への罰とでも言うかのように、血は無情に流れていく。

 無理か・・・。刺された部位が悪かったのか、出血量が普通ではない。このままでは出血多量で・・・。

「悪いな神崎。ここで死ねってこと・・・らしい」

「冗談じゃない!冥と会うにはまだ早いだろ!」

 栄司からは、生きることへの執着心が全く感じられない。絶対に生きてやると言う意志がない。

 一応遺族達から逃げてはいたが、その時すでに、栄司は諦めていたのかもしれない。自分の命はここまでだ・・・と。達也に冥の死を聞いて、彼は生きることの意味を完全に失ったのだろう。冥がいたからこそ、彼は遺族達から逃げていたのだ。

「オッサンに・・・謝っといてくれよ。余計なことをして・・・悪かったって・・・な」

「栄司・・・!」

 何だろう・・・血が流れて、体温は下がっているはずなのに・・・暖かい。冥、ひどい目に遭わせて悪かったな。今、謝りにいく・・・ぜ。

 栄司の全身から、力が消えた。



 また電話が鳴る。報告の電話だ。栄司は助かったのか・・・。私はその結果を知らなければならない。電話に出ることが、これほど恐いと思ったことはなかった。

「・・・私だ」

「今井です。連続殺人犯倉坂栄司と、同容疑に加え、刑務所脱走の容疑にかけられていた紅水冥。両名の死亡を確認しました」

 だめだったか・・・。本当に死ぬべきなのは私だというのに・・・若い者達が先に旅立ってしまった。

 元はと言えば、栄司を警察に入れたのは私だ。彼と碧子がいれば、警察に革命を起こせると・・・。私が彼の才能を見出ださなければ、栄司自身はもちろん、紅水冥も若くして死することはなかった。自分の志を遂げるために、他人を犠牲にして言い訳がない。私はここへきて、自分の正義の甘さに気付かされてしまったのだ。

 バンッ!

 机を思い切り殴る。こんなものではない。彼らの味わった苦痛は、こんなものでは・・・。

「最悪の・・・結果だ」



 数日後、警視庁は記者会見を開いた。

「本日、この会見で皆様に伝えるべきことは、二つあります」

 マイクを握り、正義まさよしが集まった記者達に語り掛ける。記者会見は捜査本部の置かれていた警察署の一室で行われている。前には正義や重鎮達が座り、記者達から見て左の壁には碧子が、右の壁には達也が立っている。

「まず、未成年死刑囚、紅水冥の脱走から始まった一連の事件から。紅水冥はかねてより、倉坂栄司刑事と恋人同士の関係にあり、彼らの間で脱走、逃走の計画を練っていました」

 聞いてわかる通り、具体的な真実は隠されている。真実の中には、語らなくていい語ってはいけないものもある。今回の事件は、それに当たるのだ。

 この事件の真実は、それを知る数名の者達がそれぞれの胸にしまっておくべきものなのである。

「二人は計画どおり、行動。それに対し、我々は危険と思われる地域に厳戒令を出し、彼らの逮捕へ向けて、行動を開始。結果、倉坂栄司、紅水冥両名の死亡という最悪の形で、事件は解決しました」

 二人を殺害した遺族達は逮捕され、裁判によって罰を受けることになっている。様々な人間の感情が入り乱れたこの事件は、どう言う形であれ、終焉を迎えたのである。

 しかし、記者達が気にしているのはそれではない。

「神崎総監、この大失態における責任は、どのように取るつもりですか?」

「無論、私が警視総監を辞任する・・・と言う形になります」

 それ以外になかった。腹の黒い政治家であれば、自分の給与を削減するなどの方法で済ますだろうが、正義感の強い正義がそれで納得するはずもない。

 彼が辞める事によって、達也や碧子を警察に留める事ができる。未来への種が残すことで、正義の意志が途絶えないようにしたのだ。

「二つ目の用件、それは私が辞任した後、警視総監に就任する者を皆様にお知らせすることです」

 椅子から立ち上がり、一点に目を向ける正義。その先にいるのは・・・。

「紹介しましょう。次期警視総監、今井碧子刑事です」

「・・・え?」

 バッと記者達の目線が一気に集中する。正義の指名した新たな警視総監は今井碧子、十七歳。突然の指名に驚いたのは記者だけではない。警視庁の重鎮や達也もさることながら、誰よりも碧子が驚いていた。

 未成年で刑事になっているだけでも、事情を知る者達からは問題視されているというのに、警察の指揮を執るとなっては社会的問題になりかねない。

「今井刑事、こっちへ」

「あ・・・はい」

 何か言えなければならないと思ったが、結局言い様がなく、戸惑ったまま前へ行く。彼女の動きを追って、見ている者達の目が動く。

『親父・・・正気か?』

 達也には正義の考えていることが理解できない。碧子や達也の存在を、警察のお偉いさん達がどう思っているかは言うまでもない。自分を認めていない人間の中に放り込まれたら、これでもかと言うほどにたたかれてしまう。それがわからないほど、正義は馬鹿ではないはずだ。これ以上、彼女に苦労をかけてどうする気なのか。

 達也の思う限りでは、正義は碧子の想いに気付いていない。相手の心情に感付くことなく、自分はただ期待する。それが碧子にとってどれだけ辛いことか・・・。

「あ、あの総監・・・」

 さすがにこれはまずい。警察は日本全国に存在する巨大な組織だ。それを未成年者が統括するなど、許されるわけがない。

 この記者会見は中継されている。これを見た国民達がどう思うか。

「心配はいらない。今は反対していても、お前なら国民を納得させることができる。私は結局、警察革命を実現させることができないまま警察を去る。しかしお前達なら、私の思い描いたものとは違う警察を造り上げることができるだろう。そのためには、お前が警察を率いなければならないのだ」

「でも・・・」

 碧子が何かを言おうとした。しかし、正義がそれを遮る。

 私の時代はもう終わった。これからは、お前達のような若い者達の時代だ」

「総監・・・」

 気持ちを整理できていない碧子に、正義が手を差し伸べる。十数年前、握手を交わしたあの手だ。年月とともに老けた、正しき志の手だ。

 この手があったから、碧子は警察を目指す事になった。静かに燃える彼に憧れ、猛勉強した日々が思い出される。

「警察を・・・頼むぞ」

 新たな時代の、新たな警察。その指揮を執る役目は、今井碧子に託された。

「・・・はい!」

 翌日、握手を交わす二人の姿が、新聞の一面を飾った。

 この後、達也は総監補佐に任命され、未成年刑事の一般化を目指す機関、特殊捜査官育成機関を設立。新たな物語を紡ぐ事となる。



 この物語はフィクションです。

汚れなき邪悪な心、いかがだったでしょうか。交差する天才達の意志、愛する者を失った遺族の恨み・・・それらがこの結末を導きました。悪とは何か・・・それは人の負の感情そのものであると言わざるを得ないでしょう。この小説を通し、神崎祐を気に入ってくれた方々、またそうでない方もこれからよろしく願います。

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