第二話
「あの道」に名前は無い。ただ普通の道とは違うので、それと区別するために「我々」は「あの道」と呼んでいるにすぎない。
「あの道」が何故そこに現れるのか、いつ現れるのか、どのような目的で現れるのかは分からない。ただ、普通の道と違い、ただの人間がその道に迷い込んでしまった場合、そこから脱出することは不可能だと言われている。
「あの道」は許された者しか通ることが出来ない。
外人は時折、身ぶり手ぶりを交えながら、俺が迷い込んだという「あの道」について説明をした。
俺はようやく「あの道」について、漠然としたイメージを抱けるようになった。そして、じわじわと恐怖にも似た実感が背中をぞわりと蠢くのを感じた。
「それって、つまり超やばかったってことですか?」
俺が恐る恐る尋ねると、外人は頷き、
「偶然、僕があの道を通っていたから良かった。あのまま僕が通りかからなかったら、ずっとあの道を彷徨うことになっていただろうね」
蒼い顔で身震いする俺に、外人は気遣うように言った。
「寒い?毛布でも持ってきてもらおうか?」
俺はその申し出を丁重に断った。とにかく、一刻も早く住み慣れた古い学生寮に戻りたかった。俺がそのように言うと、
「分かった。君の学生寮まで僕が送っていくよ」
と言ってくれた。しかし、俺がほっと息をついたのも束の間、外人はまたもや俺を恐怖の底に突き落とすような言葉をこぼした。
「だが、一度あの道を通った人間は再びあの道へと引き寄せられるという」
「それって、やばくないですか」
「非常にやばいと思う」
俺は頭を抱えた。どうしろってんだ。目の前の外人の襟首を掴んで揺さぶりたくなる。
「まぁ、引き寄せられやすくなるってことだから、絶対にまた迷い込むとは限らない」
外人は気休めにもならない言葉で俺を慰めると、ポケットから金色の鈴を取りだした。
「もしまたあの道へ迷い込んでしまったときに、この鈴をつけていれば僕も見つけやすいから、持っているといい」
外人はそう言って、首から下げられるほどの長紐に鈴を通して俺に手渡した。俺はそろそろとその鈴のネックレスを受け取る。鈴を転がすとチリンという軽やかな音が響いた。
まるで猫の首輪みたいだ。俺はそんなふうに思いながら、半信半疑で鈴のネックレスを首に通した。
不思議なことに、鈴のぶんだけ重く感じるはずのネックレスは、まるで重みを感じさせないばかりか、若干身体が軽く感じるような気がした。