村の雰囲気
村の中は、やはりどこか沖縄に似ていた。木造の柱に、瓦屋根。石造りの壁で覆われており、雨風に対してかなり丈夫に作られている印象だ。石垣の門には、各家庭ごとに松明が掲げられていて、そいつが周囲を照らしている。そしてやはり、カヌチが二つ、門にかけられていた。沖縄だとシーサーが置かれている位置だ。気候や風土、文化はどことなく沖縄に似通っている。しかし、ところどころ異なっていて、変な感覚を味わった。
夜だからだろうか、出歩いている人は見かけなかった。時折、家の中から家族団欒の声が聞こえてくるため、村人が居ないというわけではないと分かる。しかし、外の明かりは松明だけで、人影が全く無いとなると、不気味だ。
「こっち曲がった先だから」
ティダの案内に従い、ヒカルとウメは砂利道を歩き続けた。似たような建物の並ぶ風景を曲がると、そこに複数の男たちが見えた。
「あ、お父さん!」
ティダが声をあげる。それに気づいたのか、松明を持っていた男の一人がこちらに駆け寄ってきた。彼は松明を投げ捨てると、両手でティダの肩をガッチリ掴んで安堵の笑みを浮かべた。
「ティダ、ティダなのか! よかった無事で。心配したんだぞ!」
「お父さん、ごめんなさい」
ティダは素直に頭を下げる。門番の前で見せた態度とは対照的だ。ティダの父に連れられて、複数の若者たちも駆け寄ってきた。よく見れば、皆手には槍や鎌を持っている。物騒な雰囲気だ。
「よかった、見つかったんですね」
「いやぁ、心配したぞティダちゃん」
「てっきりガルガルに襲われたんじゃないかってなぁ」
「まぁ、ここ数年間ガルガルは姿見てねぇけどな」
「迷子になった可能性の方が高いよな」
そんな会話をする男たちにも、ティダは深く頭を下げた。
「みんな、心配かけてごめんなさい。私、キノコ採りに行ってたんだけど途中でこの人たちに出会って」
彼女の言葉に、父はヒカルとウメを交互に見た。
「そうだ、この人たちは?」
「私を助けてくれたの。こっちがヒカルさん、それで、こっちがウメさん」
「ヒカルさんと、ウメさん。初めまして、私はティダの父のワイダと申します。それにしても、娘を助けてくれたとは、本当にありがとうございました。うちの娘がご迷惑をおかけしたようで」
深々と頭を下げる男に、ヒカルは答えた。
「いやいや、俺たちは何も。ねぇおばぁ」
「だぁるよ、このお嬢ちゃん、ちゃーがんじゅー(立派)だねぇ」
祖母の言葉に、村人たちが首を傾げた。
「あ、立派なお子さんですねって。すみません、俺の祖母、言葉が結構訛ってて」
「あぁ、そういうことでしたか。ははは。いやぁ、わたくしも手を焼いていますよ。成人になった途端、一人で山菜取りに行きだすもんで。森は危ないって言っても聞かなくて」
成人? この少女、中学生くらいに見えるが、実は俺より年上なのか? ヒカルは驚愕を表情に乗せてティダを見た。
「まったく、困りますよね。十四の誕生日を迎えたのはついこの前だって言うのに……」
違った。どうやらこの村では十四歳で成人扱いしているらしい。
「ところで、お二人はどうしてこの村に?」
ワイダの問いに、ヒカルとウメは顔を見合わせた。どう答えるのが正解なのだろうか。沖縄に住んでいたが、米軍ヘリのプロペラに巻き込まれて神様の元に辿り着き、そこから異世界へやって来た。なんて言っても信じてくれるはずはないし……。
ところが、考えあぐねている二人を見かねて、ティダがそっと父に何か耳打ちした。その言葉を耳にして、ワイダの表情が曇る。それから、わざとらしく笑顔を作ると、歯を見せて微笑んだ。
「何かと大変だったでしょう。思い出せないこともたくさんあると思います。ささ、今夜はとにかく、わたくしのお家へ来てください。娘を連れて帰ってきてくれたお礼もしたいですし」
きっと、ワスレナグサに記憶を食われた二人だとでも紹介したに違いない。まぁ、その方が都合はいいか、とヒカルは合点。彼女の紹介にあやかることにした。
「お前ら、今日はこんな時間に集まってもらってすまない。無事に娘は帰ってきた。お前らも帰っていいぞ」
「ははは、良かった良かった」
「村娘は貴重ですからねぇ」
「無事で安心ですよ」
「明日は満月ですぜワイダさん。ティダちゃんちゃんと守らないと」
「そんなこと、わたくしだって分かっている」
ワイダが言い返すと、村人たちは軽く笑い合いながら解散していった。
「ささ、お二人とも、着いてきてください。わたくしの家はすぐそこですから」
「二人とも着いてきて」
ワイダはそう言うと、足元に投げ捨てていた松明を拾って踵を返した。ヒカルもウメも、ティダに促されるまま背中を追う。
彼の言う通り、ティダの家はすぐ目の前だった。ちょうど男たちが集まっていた場所が、どうやら彼女の家だったらしい。家の作りはやはり他のものと大差なく、門には二つのカヌチが下げられている。
「ティルル、帰ったぞ」
ワイダがそう声を出すと、家の奥からティダに似た赤い髪の女性が駆け出してくる。
「あなた、ティダは?」
「ほらここに」
「あぁ、ティダ。心配したんだから。もうこんな夜更けまで出歩いちゃダメなんだからね!」
ティダは申し訳なさそうに首をすぼめた。
「ごめんなさい、お母さん」
「まったく、ところであなた、その人たちは?」
ティルルと呼ばれた女性を優しく撫でながら、ワイダは振り返る。
「あぁ、紹介するよ。ティダの恩人らしい。詳しい話はわたくしも知らないんだ。とにかく、家の中で話そうじゃないか。夜の闇がもう迫ってる」
「そ、そうね」
ヒカルとウメは、ティダの両親に促されるまま家の中へと招待された。その際、突然祖母が何かを思い出したように声をあげる。
「あいあい、くり(これ)うさがみそーれ(お召し上がりください)」
「あ、これぜひ家族で食べてくださいって」
孫の通訳を聞き、ティルルの表情がぱぁっと明るくなる。
「これってもしかして、キングビートルのお肉?」
ワイダも思わず声をあげた。
「良いんですか、こんな高級食材!」
どうやら、ティダの家族はとても喜んでくれたらしい。
「ささ、お二人ともどうぞ中へ。ティダ、話は後だ。まず客人に飲み物を!」
「はーい!」




