タータとチーチ
それからしばらく、ティダの案内で森を抜け、砂利道を辿って村へとやって来た。その頃には、すっかり辺りも暗くなっていて、遠くからコノハズクに似た鳴き声が聞こえてくる。村には大きな門があって、ぐるりと村を囲うように木製の柵が建てられていた。柵には魔除けなのだろうか、藁を編んで作ったと思しき不思議な形をしたお守りらしき物が等間隔に吊るされており、門にはそれを大きくしたようなものが二つ飾ってあった。きっとシーサーや石敢當のような扱いなのかもしれない。
門には若い男が二人、槍を持って立っていた。二人ともよく似た顔で、口ひげを蓄えている。年齢は二十代前半といったところか。屈強な身体つきをしていて、普段から鍛えていることが推測できる。
「お、ティダじゃないか。やっと帰ってきたか」
「隣の二人は見かけない顔だな、誰だ?」
槍をヒカルとウメに突き付けながら、男たちはティダに話しかける。
「ちょっと、いきなり危ないでしょ。この二人は私の恩人。そして我が家のお客さん。通してあげて」
ティダの言葉に、二人は顔を見合わせた。
「そ、そうなのか?」
「ティダが言うなら仕方ないが」
「だが、通行手形も無いのだろう?」
「浮浪者か、捨てられたか」
「魔王軍の残党とか、魔女だったりしないよな?」
「人に化けている魔物の可能性だってあるぞ」
ヒカルやウメにも聞こえるような声でそう相談する二人。そんな村人に対し、ティダは怒りを露にした。
「もう! 私の恩人って言ってるでしょ! 旅人なのよ! 通行手形は多分持っていないけど、でも私の恩人なの。太陽の光を浴びてもどうってことなかったし、それでも心配だって言うんなら、カヌチとか当ててみなさいよ!」
少女の言葉に、男二人は再び顔を見合わせる。
「そうは言ってもな」
「一応これが俺たちの仕事だし」
「どうするタータ」
「一応、ティダの言う通り、カヌチで確認はしてみようか、チーチ」
そう言うと、タータと呼ばれた男が腰から藁のお守りを取り出した。門や柵に吊るされているものと全く同じだ。よく見ると、藁で作られた円形の輪に、青い宝石がはめ込まれている。
「そこの男、カヌチを握ってみろ」
どうやら、そのお守りはカヌチという名前らしい。ヒカルは言われた通りにお守りを握りしめた。藁の感触が肌を刺し、少し冷えた宝石が気持ちいい。
「何ともないか?」
「痛みとか」
「苦しみとか」
二人の男はヒカルの表情を嘗め回すように確認する。しかし、ヒカルは何ともなかった。当然である。ただの藁なのだから。
「特に何も」
そう答えると、二人は安堵の溜息をついた。
「そうか、なら問題ないなチーチ」
「あぁ、通していいんじゃないか、タータ」
そんな二人に、ティダは尚も悪態をついた。
「私のお客さんで恩人だって言ってるでしょう。なんでそういう融通が利かないかなぁ。だからいつまで経っても門番から出世できないのよ」
痛いところを突かれたらしい。二人の表情が険しくなる。
「そう言うティダだって、今日はどうしてこんな遅くまで帰ってこなかったんだ?」
「何かあったのか? ご両親が心配していたぞ」
「もうしばらくして帰宅しないようだったら、数名の若者を捜索に出すって話だったぞ」
「いつもは人に迷惑かけるなとか言う割に、今日のお前はかなり村人を心配させていたな」
「危うく多くの若者に迷惑を書けるところだったぞ」
口々に説教が始まった。止まりそうにもない。
「あぁ、分かった分かった。今日もちゃんとお勤めご苦労様です! これでいい? さっさと通してくれない?」
ティダが降参ですと言いたげに両手をあげると、門番二人は嬉しそうに道を譲った。
「最初から謝ればいいんだよティダ」
「俺たちはまじめに仕事をしているだけだ」
「出世しないんじゃない、あえてこの仕事を選んでいる」
「狩人でもなく農民でもない。この村を守るための立派なお務めだ」
「確かに門番は大体十代後半の仕事が見つからない若者か、老人の仕事だ」
「でも、そういう人たちに村の入り口を任せて、本当に安心と呼べるのか?」
「いざという時、戦える俺たちが必要なのさ」
「そのために俺たちはこの仕事を続けているんだ」
まだ二人の話は終わりそうにない。ティダは面倒くさそうに手を振りながら、先導して門をくぐった。その後から、ヒカルとウメが続く。




