千年に一度の
老婆はたるんだ頬を上げて、ニンマリ笑うと、ハッキリ言った。
「ダッサい髪型じゃなぁ! ヒッヒッヒ、面白っ」
「お前それが言いたかっただけかよ!」
「ウィーッヒッヒ、ほうれ、この鏡を見てみろ」
老婆が取り出したのは手鏡だった。
「俺の髪を直す薬とかかと思ったら手鏡かよ! 期待して損した!」
「ツベコベ言わず見てみろ」
「今朝も見たよ! 酷い有様なのは知ってるよ!」
「なんじゃ、そうなのか。つまらねぇのぉ」
「なんだこいつ」
老婆はそのまま店の奥に引っ込んでしまう。そんな彼女の背中に向けて、ティダは声をかけた。
「あの、ワスレナグサのヘアオイルを買いに来たんだけど」
ピタリと老婆は足を止める。そして、ゆっくりと振り返った。
「なるほど、ワスレナグサのヘアオイルか……、確かにそれがあれば、そのへんちくりんな頭も元に戻るかもしれんのぉ」
「いや、私が持ってたオイルを使って髪を整えたのが今なの」
ティダが訂正すると、老婆は目を見開いて驚いた。
「なに! ワスレナグサのヘアオイルを使ってですらこの髪の毛なのか!」
「そうなの。でも、まだ落ち着いた方で。だから、ヒカルのためにオイル瓶を買いに来たの」
「ワスレナグサのヘアオイルを、使って、それでも、それでもこの髪型、ヒィィィ」
老婆は驚きのあまり、手にしていた手鏡を地面に落とした。恐怖が露わになった表情、異様な雰囲気。それに圧倒され、ヒカルはゴクリと生唾を飲んだ。
老婆は続ける。
「ワスレナグサのヘアオイルは、どんなに硬い髪も柔らかく整えてくれる万能なオイルじゃ。それですらまとまらない剛毛……、お主」
「な、なんですか……」
「お主は恐らく……、千年に一度の」
手に汗握るヒカル、その隣で不安げな顔をするティダ。その二人を見つめて、老婆はハッキリと口にした。
「めっちゃ髪の毛固い男じゃな」
「だからなんだよ!」
「すっごい髪の毛固いじゃろ、触らせろ!」
「嫌だよ、触ってどうするんだよ!」
「ヒッヒッヒ、珍しい!」
「物珍しさで人をおちょくるなよ!」
「しかもダサいッ!」
「もうやめて、俺のメンタルに響くッ!」
必死に逆立ちする髪の毛を押さえながら、ヒカルは老婆から距離を取った。彼女は相変わらず不気味な笑みを浮かべていたが、それでも流石は商人。棚の奥から桐箱を取り出してきた。
「ほれ、これがワスレナグサのヘアオイルじゃ」
明らかに高そうな箱を見て、ヒカルはゴクリと唾を飲む。老婆が蓋を開けると、中に小さな瓶が三つ、大きな瓶が一つ入っていた。
「お嬢さん、お主が持っとるのはどのサイズじゃ?」
「えっと、この大きい方だと思う。誕生日プレゼントに買ってもらったの」
「ほぉ、なかなかいい買い物をしたのぉ。こっちの小さいのはお試し用。大きい方が通常瓶じゃ。うちで取り扱っておるのはこの二種類。小さい方は二回三回使えばすぐ無くなるじゃろうから、おすすめは通常瓶じゃな」
確かに、ティダが持っていたものと同じだ。だが、他のヘアオイルと比べて明らかに扱いが違う。絶対高い。
「いくら、なんですか?」
ヒカルの問いに、老婆は笑って答えた。
「銅貨八枚。払えるかのぉ?」
相場が分からない。ヒカルはふと、隣の少女を見た。彼女は、目を見開いてその瓶を眺めていた。そして小さく呟く。
「ちょっと、高すぎる……」




