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カミノテイレ

 想像を絶する渋みと苦みだ。水を飲んだにもかかわらず、まだ口にあのエグみが残っている。ちょっとテンションが落ち込んでしまったヒカルを見て、ティダはクスクスと笑った。

「おじちゃん、籠で頂戴」

「お? いいのか?」

「うん、ヒカルに新しいことを教えてくれたお礼。買わせて?」

「へへ、毎度あり。籠一つに五十粒入ってるから、一銅銭五十カビィだ。あるかい?」

「はい、これで足りる?」

 ティダは銅でできた円形のコインと、紐で括りつけられた黄色のコインの塊を五本、店主に手渡す。

「あいよ、毎度あり。兄ちゃん、上手く教えられなくてごめんよ!」

 店主は籠をティダに手渡しつつ、ヒカルにそう言った。

「いえ、俺の方こそ……」

「そんな落ち込むなって。これは子供のおやつみたいなもんだ。舐めて元気だしな!」

「ありがとうございます」

 ヒカルは頭を下げてから、ティダに促されてもう一粒だけ口に入れた。店主の真似をして食べてみると、今度は口いっぱいに甘みが広がる。優しい甘みだ。しつこくない。少し口の中で転がすと、すぐに甘みは溶けてなくなり、皮と種だけが残った。

「これ、どこに捨てたらいいの?」

 ヒカルが問うと、ティダがそっと果物籠を見せた。よく見ると、籠の中に小さな筒状の容器が入っていた。草を編んで作ったと思しきその容器が、どうやら種を捨てるための物らしい。ヒカルはそこに向かって種と皮を吐いた。

「どう? 美味しいでしょ?」

 ティダの問いに、ヒカルは肩をすぼめる。ヒカルはもっと甘いものを知っている。もっと食べやすくて、癖になる味を知っている。ガムや飴玉、マカロンにお団子にチュロスやマフィン。そういうお菓子と比べれば、大したことのない味だ。例えるなら、味の薄いサクランボだろうか。種が大きくて可食部が少ない。満足感に欠ける。

「あまり気に入らなかった?」

 ティダは困り眉でそう問うた。

「いや、別にそういうわけじゃないけど」

「そういう顔してるよ、ヒカルって分かりやすいよね」

 彼女はそう言うと、片手で一気に十個ほどウェルウチを掴んで口に放り込んだ。頬を膨らませて、モゴモゴと果肉を啜る。確かに、一気に食べればそれなりに食べ応えはあるかもしれない。だが、かなり舌の器用さが求められるだろう。

 ティダって、舌使い器用なんだなぁ……と考え、ヒカルは邪念を振り払った。

 しばらく二人並んで歩いている間、ティダはウェルウチを食べるのに集中していて特に口を効かなかった。仕方がないので、ヒカルは周囲を見渡してティンダル村の商店街を眺める。見たことのない野菜を叩き売りしている大柄なおばちゃん、焼き立てのパンを並べる店、カヌチを編んでゆったりしているお婆ちゃん、店の奥から聞こえてくる金属のぶつかる音。色々な仕事がそこにはあって、様々な店を出入りする人々にも各々の生活があることを感じられた。

 しばらく歩いているうちに、ティダはウェルウチを全て食べ切ってしまったらしい。籠を勢いよくクシャクシャにまとめ、ボールの形にした。

「美味しかったぁ!」

 彼女は満足そうに微笑むと、ヒカルを向く。

「ヒカルには、まだ早い味だったね」

「俺はガキかよ」

「うふふ、あ、もうすぐ着くよ」

 彼女はそう言うと、丸めた籠を片手に駆け出した。ヒカルはそんな彼女の跡を追う。

 この時ようやく気付いた。ヒカルはこの世界の文字を読むことが出来る。というか、読めて当然だった。何せ、各店たちが掲げている看板は、どれも日本語だったからだ。漢字は使われていない。多少変な歪みはあるが、どれもカタカナに見えるのだ。先ほどの店は「ヤオヤ」と書かれていたし、今すれ違った店は「ドウグシュウリ」と書かれていた。そしてティダが向かっている店の看板には「カミノテイレ」と書かれているのだ。

 どうして今まで疑問に思わなかったのだろう、とヒカルは思った。どうしてこの世界は、日本語を解し、日本語で文字を書いているのだろう。単なる偶然なのか、それとも何か理由があるのか。

 もちろん、今すぐその答えが分かるはずも無かった。

 ティダに追いついたヒカルは、まじまじと看板を眺める。やはりそこには「カミノテイレ」の文字。神の手入れ? もしかして、ニライカナイに住む神様と何か関係があるのだろうか。そう思ったヒカルだったが、店内を眺めて勘違いだったことに気づいた。店内には、手鏡や櫛、そして小瓶に入った液体がいくつも置かれている。どうやらここは、髪の手入れに必要なものが置かれているらしい。

「いらっしゃい。おやおや、これまたかわいいお客さんだねぇ」

 奥の方から現れたのは、鷲鼻が特徴的な老婆であった。彼女は他の村人同様、和服に似た衣装を身に纏い、髪の毛をまとめて簪で留めていた。色の抜けた茶髪が、太陽の光を受けて銀に光って見える。

「そこの坊主は、もしかしてあれかい、石鹸で頭を洗っちまったのかい?」

 ヒカルを見つけた老婆の瞳がギラリと光った。

「え、分かります?」

 ヒカルは自分のツンツンヘアーを触りながら老婆に一歩近づいた。

「間違えて石鹸で洗っちゃって。これ、どうしたらいいですかね?」

「ヒッヒッヒ」

 老婆は意味深に笑うと、手に何かを持って店から出てきた。ヒカルは淡い期待を胸に抱く。もしかしたら、彼女はこの残念な頭を直してくれるかもしれない。救世主かもしれない。

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