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ウェルウチ

 次に到着したのは、村の商店街で会った。様々な商品が所狭しと並んでいて、通路にまではみ出している。ぞろぞろと色んな人が買い物のため歩き回っていて、店の人間は声を大にして安さをアピールしている。

「すげぇ……」

「すごいでしょ、ここはいつもこんな感じ。たくさんの人が買い物に来るんだよ」

 ヒカルはすぐ近くにあった果物屋さんに足を運ぶ。見たことのない星形の果実や、大きなリンゴに似た果実、小さくて丸い果物なんかが、籠いっぱいに詰め込まれていた。青年は一番手前にあった籠をまじまじと眺める。不思議そうな表情を浮かべているヒカルのことが気になったのだろう。口ひげを生やした店主が笑顔で話しかけてきた。

「お、兄ちゃん、ウェルウチ買っていくかい?」

「ウェル、なんだって?」

「ウェルウチだよ。あんた知らないのかい? 珍しいね。鳥の贈り物だよ」

「鳥の贈り物?」

 見たところ、ブルーベリーに似ている。黒くてビー玉くらいの大きさの果物だ。太陽の光を受けて薄紫色に光っていた。それが、籠いっぱいに詰め込まれている。小さなブドウにも見えた。

「ヒカル、もしかしてウェルウチ見るの初めてなの?」

 ティダが驚きを露にする。そんな顔されても困るのだが。少なくとも日本に住んでいたころは聞いたことのない果物だ。だが、見覚えはある。

「ベリーの仲間かな? 酸っぱそう」

 味を想像して渋い顔をしたヒカルだったが、ティダはそんな彼の表情を見てますます目を丸くした。

「本当に知らないんだ……、もしかして、ワスレナグサの影響で忘れちゃったとか? 全然酸っぱくないよ?」

「そうなの?」

「えへへ、それじゃあ代わりに買ってあげる。おじさん、ウェルウチ頂戴」

 ティダはショルダーバッグから何かを取り出した。よく見ると、それは紐でまとめられた黄色の硬貨であった。五円玉や五十円玉のように、真ん中に穴の開いているコインで、その穴にひもを通して数枚を一つの塊にしている。

「一粒いくら?」

「一粒? 籠で買ってくれないのかい?」

「まずはお試し。もしヒカルが気に入ってくれたら、籠で買ってくからさ」

「本当かい? んじゃ、ちょっと大きめのやつを選んでやるよ」

「ほんと? ありがとうおじちゃん!」

「へへへ」

 四角い顔をした店主は、目一杯の笑みを浮かべて籠を漁る。それからすぐに、黒くて大きな粒を摘まみ上げた。

「ほらよ、三カビィだ」

「はい、これでよろしく」

 ティダは硬貨がまとめられている紐をほどいて、三枚黄色のコインを取り出して手渡す。これがこの世界の通貨なのだろう。正方形の穴が開いてある。教科書で見た和同開珎みたいだなぁとヒカルは思った。

「はいヒカル、食べてみて?」

 ティダは店主から手渡されたウェルウチをヒカルの口元に運んだ。

「ん、ありがとう」

 彼はそれをパクリと口にする。

「なんだい嬢ちゃん、見せつけてくれるねぇ」

 店主の言葉に、ティダは顔を赤くした。

「そ、そそ、そんなんじゃないもん!」

「本当かい?」

 にやにやと笑う店主と、顔を真っ赤にして頬を膨らませるティダ。そんな二人を眺めながら、ヒカルは丸い果実に歯を立てた。

 プツッ、皮が弾ける感覚と同時に、優しい甘さが口に広がる。ブドウのような渋みやプルっとした食感は無い。ベリーのような酸味も無い。口に広がったのは、若干の粘り気を持った優しい甘さ。例えるなら、バナナだ。小さなバナナを食べているような味わい。そして、咀嚼した瞬間だった。

 ガリッ、すさまじい音を立てて、歯茎に衝撃が伝わる。体がびっくりしたのか、思わず涙が込み上げて来た。その直後、口に広がるのはエグみだ。思わず吐き出したくなるような独特のエグみに、ヒカルは身震いした。

「え、ヒカルもしかして種噛んじゃったの?」

 ティダが慌ててヒカルを見る。その言葉に、店主が慌ててごみ箱を取り出した。

「おいおい、兄ちゃんマジでウェルウチ初めてなのかよ、珍しいな。種は毒あるぞ。ほら、吐き出せ」

 店主の言葉に、ヒカルは慌てて果物を吐き出した。

「大丈夫か兄ちゃん。ほら、水飲みな!」

 彼は慌ててコップを手渡す。中に入っていた常温の水をコクコク飲み干して、ヒカルは息をついた。

「変な……味がした」

 眉間に皺を寄せて舌を出す青年を見て、ティダと店主は同時に笑う。

「そりゃそうでしょヒカル、あはは、おかしい。種だもん」

「兄ちゃん今まで何食って生きてきたんだ。はっはっは、まったく、大丈夫かよ」

 毒があるなら最初に言っとけよ、とヒカルは頬を膨らませる。

「おじちゃん、ごめんね。ヒカルは実は旅人なんだけど、ワスレナグサの声聞いちゃったみたいなの」

「あぁ、なるほどなぁ。そりゃ確かにウェルウチ知らなくても仕方ねぇや。いいか兄ちゃん、この果物は、上顎と舌でこうやって挟んで……」

 店主はそう言うと、ウェルウチを一つ舌の上に乗せ、口を開いたまま食べ方を実演し始めた。歯に当てないよう、上顎に果実を押し当てる。すると、プチュッっと音を立てて中から白い果肉が飛び出した。それと一緒に、茶色の種も出てくる。店主はその後口を閉じて、舌の上で転がすように味わったかと思うと、ゴミ箱に種と皮を吐き捨てた。

「っとまぁ、こんな感じで食うんだわ。食べるってより、舐めるって言った方がいいか? 噛んじゃダメだぞ」

「わかり、ました」

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