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似た者同士

「で、でもさ。覚えていることもたくさんあるよ」

 ヒカルはわざとらしく声を明るくして過去を振り返る。

「俺は、小さい頃からたくさん勉強させられてきたんだ。学校っていうところに通って、数を数えたり、文字を覚えたり」

「ふーん、ヒカルってもしかして、結構いいところの坊ちゃんだったの?」

「あはは、そんなんじゃないさ。俺が住んでいた世界では、それが当たり前だったんだよ」

「勉強するのが?」

 ティダは目を丸くする。それもそうだろう。十四歳で成人を迎える村だ。生まれて自我が芽生えてから、十四歳になるまでの猶予なんて十年も無い。その間に仕事を覚え、成人すると同時に社会の一員として労働する必要がある。そんな集落だ。彼女にとって、学問というのは理解しがたい概念であった。

「たくさんの子供がさ、小さな部屋に押し込められて、みんなで同じ勉強をするんだぜ。しかも、定期的に試験があって、成績が悪いと怒られるの」

「頭が良くないとダメってこと?」

「そ、俺はバカだったからさ、いつもテストは赤点ばっかり。先生にも親にも、よく怒られたなぁ」

「その、赤点っていうのはなんなの?」

「試験失格、みたいな?」

「ふぅん、ヒカルは頭良くなかったんだ」

「なんか他人に言われるとイラっとするな」

 表情を歪ませる青年の横で、少女は少しだけ嬉しそうに笑った。

「私もね、仕事をなかなか覚えられなくて、いっつも怒られてたの」

「そうなの?」

「うん、この村では、男は力仕事、女は細かな手仕事なんだけれどね、私不器用で……。六歳の頃、お母さんが私を機織りにするんだって、機織り師さんのところで働かされてたの」

「六歳から?」

「女の子が手仕事を覚えだすのは普通五歳からだよ。私はちょっと遅かったの。それで、周りの子たちは皆上手に裁縫ができるのに、私は針に糸を通すことすらできなくて……」

「それで、怒られてたんだ」

「うん、いっつも叩かれてた」

 ティダは過去を思い返してか、複雑な表情をしていた。懐かしむような、それでいて苦い思い出に苦しむような、上手く言い表せない表情。

「結局、十歳の頃に私嫌になっちゃって。お母さんに教わってた蹴り技で、先生を吹っ飛ばしちゃって」

「えぇ……」

 ワイダを蹴り飛ばすときの華麗な動きが脳内再生される。十歳の頃からあの動きはできたということか。

「笑っちゃうでしょ、私それで、機小屋から追い出されちゃって。それでお父さんに頼んだの。私もお父さんと同じく、村兵になりたいって。村の平和を守るためのお仕事がしたいって」

 ティダは頬を引き攣らせながら「でも」と続けた。

「女は力仕事をしちゃダメだって言われちゃったの。じゃあなんでお母さんは武道家をやってるのよって話よね。でもお母さんの本業は武道家じゃなくて、実は機織り師だったの。私の着ている服は、全部お母さんの手作りだって教えてもらった。いつも家に居ないときは、機小屋で仕事してて、服を売って生活してたんだって。私が蹴り飛ばした先生は、実はお母さんの先生でもあったらしくて。だから、お母さん、私を叱るの」

 ティダの脳裏に、かつての記憶がよみがえっていた。先生を蹴り倒して、泣きながら帰ったあの日。母に泣きついて、先生の愚痴を零したあの日。母はティダをこっぴどく叱りつけたのだ。どうしてもっと大人しくできないのかと。ティダのせいで、お母さんまで仕事失うかもしれないんだぞと。どうしてお兄ちゃんみたいにちゃんとできないのと。ティダは悲しかった。頼れる人だと思っていた肉親から突き放された事実が、ただただ悲しかった。そして冷静になって、酷く怖くなった。もしかしたら自分のせいで母に迷惑をかけたのではないかと思えば、怖くてたまらなくなった。そして何より、数年前に居なくなった兄の分、過度な期待をかけられていると自覚して、ますます苦しくなった。

「だから、私は勝手に自分で仕事を始めたの。山菜取りのお仕事」

 ティダとヒカルが初めて出会ったのは、森のすぐ脇だった。彼女は籠いっぱいにキノコを集めていた。

「森は危険がいっぱいだから、あまり人は近寄らないの。だから、私はあえてその仕事をすることにしたの。誰もやらない仕事だから、必要とされるかなって。でもね、山菜が無くても、農家さんは居るの。野菜はたくさん採れるの。この村はもともと、たくさんの食糧を周りの村に売り歩くために作られた村だから。村人のほとんどが農家さんで、土地のほとんどが畑なの。そんな中、私みたいなぽっと出の山菜取りなんて、誰も相手にしてくれなかった。だってそうでしょ、餅は餅屋。冒険者なんかに仕事を頼むくらいなら、専門職にお願いする方が安全じゃない。私が集めてきた山菜やキノコを買ってくれる人なんて、全然いなかったんだ」

「そう、だったんだ……」

 ヒカルはティダの隣で、彼女の言葉をしっかりと受け止めていた。彼女が今まで抱えてきた孤独を、少しでも分かってあげようと思って。

「俺もさ、学校では上手く言ってなかったんだ」

「赤点? ばっかりだったんだもんね?」

「それだけじゃなくてさ。俺、友達作るのが下手だったんだよ」

「そう、なの?」

 ヒカルは照れ臭そうに頷く。

「俺は馬鹿でさ。友達もできなくて、先生からも嫌われてて。でも、俺の両親は毎日学校に行けって言うんだ。それがだんだん嫌になってさ。ある日、テストの点数が悪いからって俺に説教してる先生ぶん殴って、学校飛び出しちまったんだ」

「えぇ、最低」

「先生蹴り飛ばしたお前に言われたくねぇよ!」

「あはは、それで?」

「それで、俺は学校に行くのが気まずくなって、自分の部屋に引きこもったんだ。親はそれでも毎日学校に行けって言う。先生に謝って来いって言うんだ。ある日俺の両親、わざわざ家に先生呼んで、俺に謝らせようとしたんだぜ。納得できなくてさ……」

 ヒカルは当時を思い出して拳を握りしめた。今から半年ほど前だ。

「確かに勉強できない俺が悪いさ。確かに先生殴った俺が悪いさ。でも、せめて俺の言い分くらい、聞いて欲しかったよ。両親にはさ……」

 ティダは、小さく「その気持ち、わかるよ」と呟いた。

「それで結局、俺は引きこもり。学校にも行かず、仕事もする気はなく、家でずっとまったり生活する日々って感じ。んで、たまにおばぁに呼び出されて地域の清掃したり、買い物行ったり」

「いい、お婆ちゃんだね」

「うん、自慢のおばぁだよ」

 ヒカルの言葉に、ティダは優しく微笑んだ。

「私たち、似た者同士だね」

「あぁ、そうだな」

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