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笑い死ぬ

「え、何? 俺何か変?」

 慌てて自分の体を見る。いつも通りのジャージだ。変な汚れがついているとか、穴が開いているとか、裏表が逆とか、別にそういうことは無いみたい……。

「なんねその頭?」

 祖母はそう口にすると同時に、噴き出した。彼女が笑い出した瞬間、まるで堰を切ったかのように、ティダもティルルも盛大に笑いだす。その笑い声に釣られたのか、頭を突き刺していたワイダも起き上がってヒカルの顔を見た。そしてやっぱり声を上げて笑う。

「クスクスクス、ど、どうしたんですかヒカルさん」

 と震える声で問うティルル。

「ふふふ、聞いちゃダメだよ、お母さん、ふふふ」

 と声を押し殺すティダ。

「がっはっはっはっは、何だその頭! フハハハハ! わたくしが切ってやろうか? ダハハハハハハ」

 バリエーション豊かに笑う豪快なワイダ。

 そんな三人に負けず劣らず、祖母は腹を抱えて笑い転げていた。

「爆弾でも頭に食らったねぇ? はっはっはっは!」

「おばぁが言うとシャレにならねぇよ!」

 そうだ、忘れていた。昨晩お風呂場で固形せっけんを使って頭を洗った結果、彼の髪は今、バシバシのギシギシ状態だったのだ。キューティクルを完全に失った固い髪が、寝ている間に乾燥し、盛大な寝癖を作ってしまったのだ。

「だー、似合ってるさ。カッコいいよ。びじゅあるけーばんどみたいさ!」

「こんなダッサい頭のヴィジュアル系バンドは居ねぇよ!」

「自分でダサいって、分かってるわけ? あいあい、変わった趣味してるね。ははは」

「好き好んでこんな頭にセットしたわけじゃねぇよ?」

「なんで、似合ってるよ、自信もっていいさぁ」

「そんな笑いながら言われても褒められた気になれないから!」

「はははははははは!」

「ねぇ、そんなに笑う? そんなにおかしい? 俺の頭、そんなにおかしい?」

 両手で髪の毛を触ってみた。まるで剣山のように鋭く、毛先がチクチクする。

「か、鏡見てみますか?」

 ティルルがそう言いながらクスクスと笑いを堪えた。

「もう笑うなら盛大に笑って。我慢されるとなんか逆に傷つくから」

 その言葉に、ワイダが「がっはっはっはっは」と声を上げる。

「お父さんはもうちょっと抑えて! 遠慮なさ過ぎてそれはそれで傷つくから!」

 涙目になりつつ叫ぶヒカルに、ティダがそっと手鏡を渡す。

「こ、これ見てみて……」

 ティダから手鏡を受け取り、自分の顔を見た。

 うん、これは笑うわ。

 まるでドラゴンボールの孫悟空みたいな髪だった。しかも、横から見ると潰れていた。エリマキトカゲみたいだ。

「助けて……」

 泣きそうな顔を浮かべるヒカルを見て、四人はさらに爆笑する。ワイダに至っては、笑いすぎて過呼吸を起こしていた。

「ガハッガハハッ、し、死ぬ。笑い、笑い死ぬ。た、助け」

「笑いすぎだろ!」

「ガハッガハハッ」

「笑いすぎて顔青くなってるんだけど! 呼吸できてなくてマジで顔青くなってるんだけど!」

「し、死ぬ、しぬぅ」

「お父さん本当に死にそうだけど、大丈夫なの?」

「死ぬ、死ぬガハッガハハッ」

「もう笑うのやめてぇ?」

 死にかけている夫を尻目に、ティルルは笑いを堪えて小さくつぶやいた。

「死にかけのあなたも面白いッ、ふふふ」

「旦那さん死にかけてるんですけど? 笑っていい状況なの?」

「ふふ、そのまま死ねばいいのに、あはは」

「普段どんな鬱憤溜まってるの? 夫婦だよね? ねぇ、夫婦だよね?」

 そうこうしている間も、ワイダは笑いすぎてどんどん顔が険しくなる。もう血管がボコボコと浮き出てきて、顔からは大粒の汗。必死に口をパクパクさせているが、不安げなヒカルを見る度に笑いが抑えきれず呼吸困難を極めていた。

「しぬぅぅぅ、死ぬ死ぬ、はははははははは、ヒ、ヒカルくん、ひぃぃぃ、出てけッ!」

「なんか笑いながらめっちゃ酷いこと言われた! 娘と結婚させようとしていた男とは思えない発言されたんだけど!」

「ひぃぃ、面白ッ、ガハッガハハッガハハハ! ヒャ――」

「ヒャ――じゃねぇよ、マジで死ぬぞあんた!」

「うぐ、苦しいぃぃぃ」

 そう口にした直後、ワイダは盛大に朝食を吐き出した。

「オエェェェェエェ……」

 彼の嘔吐物が畳や隣に居たティルルを汚す。そんな父親の姿を睨めつけて、ティダが一言呟いた。

「別にそんな面白くないでしょ、何やってんのコイツ」

「そういうティダも結構笑ってたよね!」

 ヒカルがツッコミを入れる傍ら、ワイダのゲロによって、無事全員の笑いは治まった様子だった。唯一、死にかけて嘔吐したワイダだけが今もなお苦しそうにしている。

「あなた、自分の出したものはちゃんと自分で片付けなさい」

「……はい」

 気の毒である。

 哀れなものを眺めるヒカルに、ティダがそっと小瓶を手渡した。

「これ使って、ワスレナグサの油で作ったヘアオイルだから。いったん髪を濡らしてから、そのオイルと櫛で梳いたら多分よくなると思う」

「あ、ありがとう……」

 ヒカルは食卓に置かれていたパンを一つ手に取って口に頬ばると、そのまま洗面所に足を向けた。

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