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翌朝

 翌朝、ヒカルはパンの焼ける匂いで目を覚ました。傍に目をやると、もう祖母の姿はない。相変わらず老人は、早寝早起きが染みついているらしい。

 なんだか眠った気がしない。まだ六時間は眠れる自信がある。しかし、人の家で世話になる初日目から、いきなり朝寝坊というのも気が引ける。もぞもぞと起き上がったヒカルは、自分の格好を見て溜息を吐いた。

「そうだ、ジャージ乾かしてるんだった」

 腰に巻いていたはずのタオルはすっかり解け、誰にも見せられないあられもない姿がそこにはあった。傍に寝ているのが祖母でよかった。

 ふと、昨晩のことを思い出して顔が赤くなる。

「ティダのやつ、マジで何考えてるんだよ……」

 ヒカルはゆっくりと起き上がって、タオルを腰に巻きなおした。

 とにかく、外に干しておいたジャージを回収しなくては。そう思って部屋の襖に目をやると、そこにはヒカルの下着やジャージが丁寧に畳んでおいてあった。

「あれ、誰かが俺の着替え回収してくれてたのか、ありがたい」

 ヒカルはとりあえず、急いで着替えを済ませると部屋を出た。ふと、ダイニングから笑い声が聞こえた。祖母の声だ。

 その瞬間、ヒカルは全身の血が引く感覚を覚えた。

「ヤバイ、おばぁがうちなーぐち喋ってるかもしれない!」

 ヒカルは慌てて家族団欒の部屋に駆け付ける。襖を勢いよく開けて、中の様子を確認した。

「いやぁ、ヒカル君は本当にいい子なんですねぇ」

「だぁる……えっと、そうさぁ、うちの孫はでーじ……えっと、とってもいい子よぉ」

「ははは、いやぁ。素晴らしい。ますます娘の婿として迎え入れたい」

「嬉しいさぁ。私もそうしてくれたら安心だけどねぇ。ティダちゃんはとってもいい子ちゃんだから、ぜひ孫をよろしくお願いしたいさぁ」

「だとよティダ。ヒカルの保護者であるウメさんからも承諾済みだ。よかったな」

 そこには、必死にうちなーぐちを我慢し、共通語を喋ろうと努力する祖母の姿があった。相変わらず独特の訛りはある。だが、完璧なうちなーぐちを使っていないためだろうか、魔法が発動した形跡はなかった。

 そしてもちろん、食卓に座る祖母と対面しているのはワイダとティダ、そしてティルルの三人だ。

 ティダは勢いよく立ち上がると、綺麗な回し蹴りを父親に炸裂した。

「だから勝手に私の結婚を決めるなァァァ!」

「アブシァァ!」

 すさまじい勢いでワイダは吹き飛び、壁に穴を開けてめり込んだ。

「まったく、いい加減にしてよね」

 ティダはプイっとそっぽを向き頬を膨らませる。何度目だろう、この光景を見るのは……。

「あら、ヒカルさん。おはよう」

 ティルルがこちらに気づいて微笑みを浮かべる。その声に、ティダとウメもこちらを見た。ティダは昨晩のことを思い出したのだろう。頬を赤らめ目線を逸らす。もちろん、ヒカルも同様だ。どんな顔をして話をしたらいいのか分からない。思わず口籠ってしまった。そんな孫の態度が気に食わなかったらしい。祖母が声を荒げる。

「あり、ぬー……じゃなくて、なんであいさつしないわけ。ヒカル。ちゃんとあいさつしなさい」

「あ、えっと。おはようございます」

「はい、上等」

 祖母は頷くと、隣に座るよう手招きした。

「ヒカルおはようねぇ、だー、こっち座りなさい。ジャージ勝手に畳んどいたけど、乾いてるね?」

 どうやら、祖母がヒカルの衣服を回収してくれていたらしい。気が利く人だ。ヒカルは祖母の隣に腰掛けながら、小さく頭を下げた。

「うん、ありがとう。助かったよ」

 それから、そっと耳打ちする。

「それにしても、うちなーぐち、何で我慢してるの?」

 ヒカルの言葉に、祖母は微笑む。

「ヒカルの態度見てたら分かるさ。うちなーぐち使ったらダメなんでしょう? 私を誰だと思ってるね。沖縄戦を生き抜いた、新城ウメよや」

 そうだった。沖縄戦時代、祖母立ちうちなーんちゅは方言を禁止されていたんだった。その名残で、未だに学校教育の現場で方言を使うことは禁じられている。ヒカルの高校はそれなりに馬鹿な学校だったため、方言が飛び交ってはいるのだが、噂によると頭のいい学校では標準語を使うよう指導までされているらしい。結果として、方言を正しく使える若者はもう居ないと言っていいだろう。うちなーぐちは絶滅危惧種だ。

 そんな激動の時代を生き抜いてきた祖母、昨晩ヒカルが必死にうちなーぐちを隠そうとしゃべり続けていたことを考慮して、標準語に合わせてくれていたのだ。

「ありがとう、おばぁ」

「いいん、大丈夫よ。私もこの世界のことよく分からんからねぇ」

 魔法が使える存在は、魔族として扱われる。もし祖母が魔族として認識されたら、一体どんな仕打ちを受けるのか全く想像ができない。

「それにしても、えーヒカルゥ」

「ん? なに?」

 ウメはヒカルの顔を見て、笑いを堪えるのに必死といった表情を浮かべている。

 ふと、周囲を見渡せば、ティダもティルルも頬を膨らませて必死に笑いを我慢していた。

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