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特別な夜

 蝋燭の光が、ちょうど彼女の真後ろにあって、ティダは陰に包まれる。どんな表情をしているのか、全く読めなかった。しかし、声色が震えているのは分かる。

「あの、ね。今日は色々、ありがとう」

「……えっと」

 何のことだろうか。

「ヌジーから助けてくれたし、キングビートルのお肉、ごちそうになったし……」

「あぁ、そんな。俺の方こそ、ワスレナグサから守ってくれたし、今日泊まる場所だって提供してもらってるし、何より知らないことをたくさん教えてもらったし。ありがとうだよ」

 素直な気持ちでそう答えると、彼女が一瞬揺れた。どうやら、頷いたらしい。

「あのね……」

 ティダは口籠りつつ、続けた。

「今日、私のお父さんもお母さんも、変に張り切っちゃって、大変だったよね」

 それは、結婚の話だろうか。

「あはは、いい両親だと思うよ。ティダのこと、本当に心配してて、愛してるんだって伝わった」

「うん、私もそう思う。でも、たまに面倒くさい」

「そりゃそうかも」

 ヒカルは思わずクスリと笑った。

 毎日親に結婚しろってせがまれたら、流石に嫌だろう。俺なんか彼女いない歴イコール年齢だ。それなのに毎日両親から「結婚はまだか?」なんて言われてみろ。心が折れる。

「あのね、私色々考えたの」

「考えたって、何を?」

「結婚について……」

 ティダの声は、ますます強く震えていた。

「わ、私。結婚とかよく分からなくて。好きな人とかも、その、できたことないし。そもそも恋愛ってよく分からないし。成人したばかりだけれど、大人になった実感も、あまりないし……」

 彼女の独白は続く。震える声で、迷いながら、それでも必死に何かを伝えようとしているのが分かる。

「あのね、私色々考えたの」

「うん」

 ヒカルは、これが恋愛相談であると察した。きっと村に好きな人が居て、でもその人に対する気持ちが恋なのか確信できずに困っているのだろうと。だから、外からやって来たヒカルに聞いて確信を持とうとしているのだ。

「私ね、結婚とかはよく分からないけど、一つ分かったことがあるの。」

「なんだい?」

「それは、えっと……、その」

 どのような恋愛相談が飛び出してくるのか、ヒカルは身構えた。どんな相談であろうと、まっすぐに受け止める。それが、年上男子の役割なのだと。

 しかし、ティダの発する言葉はヒカルの想像とは違っていた。

「私は、あなたにお礼をしたいの」

 その言葉と同時に、ティダは帯紐を解いた。

 スルリと音を立てて、浴衣がはだける。暗くてよく見えないが、風呂場で見た彼女の柔肌が脳裏で保管され、視覚情報を補佐してしまう。

 ヒカルは慌てて目線を逸らした。

「その、ヒカルさん……」

「ちょ、ティダ。いきなり何を」

「私のこと、嫌い?」

「いや、嫌いとかじゃないけどさ」

「じゃあ、こっち向いて?」

「待って、いや待って。急にどうしたの!」

 ヒカルは両手で目を隠しながら、声を震わせる。そんな彼に対し、ティダは一歩近づいた。

「ヒカルさん、あなたは私を救ってくれたの。命の恩人なの。だから、私はあなたとなら結婚してもいいと思った。恋とか、よく分からないけど。好きって気持ちとか、いまいち実感ないけれど、でも、あなたにお礼はしたいの。もし私の初めてでよければ、受け取ってくれないかな?」

「ちょ、ちょちょちょ!」

 抵抗も虚しく、ヒカルはティダに押し倒される。彼女の力は想像以上に強く、ヒカルの両手は簡単に彼女の支配下に堕ちてしまった。

「嫌?」

「い、嫌じゃないけど……」

 もちろん、ヒカルとしてもまんざらではない。胸の鼓動は今まで経験したことが無いほどの速度だ。体中が熱い。耳が燃えるようだ。

「なら、貰って?」

 想像以上に強引な彼女を前に、ヒカルは必死に声を上げた。

「待って、本当に待って!」

 嫌がるヒカルに傷ついたのか、ティダの力が弱まる。ヒカルは必死に上半身を起こして、彼女の両肩に手を置いた。

「ちゃ、ちゃんと服着て……」

「私は、そんなに魅力的じゃない?」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

 ヒカルはそっと彼女から目線を逸らした。そして、小さくつぶやく。

「そこにほら、おばぁが寝てるから」

 ヒカルの視線の先を、ティダも見る。

 そこには、齢八五の老婆が、すやすやと寝息を立てている姿があった。

「あ、あわわわ」

 ティダは声を震わせて立ち上がると、手早く浴衣を身に着け帯を巻く。そして、襖を開けて燭台を手に取ると、一切振り返ることなく出て行った。

「ば、ばかぁ……」

 弱々しい言葉だけを残して。


 ヒカルは、深く溜息を吐いた。

 もう、早くお家に帰りたい。

 その日は、異様に目がさえて、やけに眠れなかった。

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