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住むところ

「俺たちは、島から来たんですよ」

「島?」

「えぇ、とても小さくて、温かくて、穏やかな島です。不便なことも色々あるけど、平和な島でしたよ」

 ヒカルが「平和」と口にした時、一瞬だけ祖母は苦い表情をした。しかし、ヒカルもティルルもそれには気づかなかった。

「それが、どうしてお二人ともこの村に?」

「うーん、それがよく分からないんですよね」

 神様のことを話しても信じてくれるか怪しいし、かといって沖縄から異世界にやってくる方法が他に思いつかない。首を捻るヒカルを見て、ティルルは何かを思い出したように頷いた。

「そういえばティダが言っていたわね。ワスレナグサの声を聞いちゃったんだっけ。そりゃ、思い出せないわよね。もしかして、旅の目的とかも覚えてなかったりするのかしら?」

「あ、いや。それは――」

 魔王を倒すこと、と言いかけて口を閉じるヒカル。もしこれがRPGの世界なら、きっと魔王討伐を掲げるヒカルたちは勇者として認められ、旅の支援を受けることだろう。しかし、まだこの世界のことを何も掴んでいないヒカルにとって、それはハイリスクすぎる。

「すみません、やっぱり覚えてないです」

 もし仮に、魔王討伐を口にしたとして、武器も持たない記憶喪失の青年が世迷言を喋っていると思われても仕方がない。ならばここは、ワスレナグサに頼ることにしよう。後は流れに身を任せつつ、なるようになれだ。

 まず一番大事なのは、情報収集である。

「そう、やっぱり覚えていないのね。ならちょうどいいじゃない」

「……へ?」

「あなたは記憶がほとんどない。それなら旅を続けるのも難しいでしょう。でも、この村に住めば衣食住は揃うわけだし。ここでしばらく過ごしながら、失った記憶を取り戻すつもりで色々学んではどうかしら?」

「……いいんですか?」

 それは、ヒカルにとって願ってもない提案だった。

 異世界にやって来たばかりのヒカルにとって、不安要素はいくつもある。その中でも特に深刻なのは衣食住だ。ウメもヒカルも、着替えは持ってきていない。当然準備する時間すらなかったわけだから、キャリーケースに荷物を詰めることすらできなかった。さらに、お財布も持っていない。作業中濡れたり衝撃で壊れたりする可能性があったため、スマホも持っていなかった。そもそもお財布があったところで、異世界では通貨として認めてもらえないと思うが。他にも、住む場所が無い。キャンプなどしたことが無いので、野宿は不安だ。この世界の知識も無いため、ワスレナグサのような初見殺しモンスターと対峙して取り返しのつかない事態に陥る可能性だってあるわけだ。食事だってどうしようもない。通貨も無ければ知識も無いのだ。食中毒を起こしてぶっ倒れる危険性だってある。

 それらすべての問題を、ティルルの提案が解決してくれるのだ。ここに住めば、寝る場所も仕事も手に入る。仕事をしながらこの世界の常識を覚えて行けば、魔王討伐のための資金稼ぎと情報収集だってできるだろう。多少遠回りな選択かもしれないが、今はこれが最善の選択に思えた。

「ヒカル君にその気があるなら、ぜひ我が家の一員として、生活してみてほしいの。ちょうど、ティダの兄が使っていた部屋も開いているし。それに、ティダと生活するうちに、あの子も結婚に乗り気になってくれるかもしれないし、ね?」

「結婚って、そんな……」

 強引な家族だ。ヒカルは困惑を露にした。しかし、ティルルはいたって真面目に続ける。

「ティダったら、さっきも自分で言ってたけれど、まだ一度も恋をしたことが無いみたいなの。あなたが教えてあげて?」

 ヒカルはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 赤毛の美少女と、一つ屋根の下共同生活。俺は彼女に色々なことを教わり、そして最後は、俺が彼女に恋を教える……。

 いつの間にやら、ヒカルは頬を赤らめていた。

「うふふ、ヒカルさんも、まんざらじゃないみたいね」

「……ッ!」

 ヒカルは何と答えたらいいものか分からず、押し黙ってしまった。どうやらティルルはそれを肯定と捉えたらしい。優しく微笑んで、ゆっくりと立ち上がった。

「じゃ、部屋に案内してあげる。我が家だと思って、自由に使っていいからね」

 何はともあれ、衣食住、ゲットである。

「お婆さんも、どうぞこちらに」

「あい、にふ――」

「ありがとうって言ってます!」

 ヒカルは祖母の方言を即座にキャンセルした。

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