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ティダの兄

 しばらくして、薪をくべたお風呂がちょうどいい湯加減になったということで、ウメはティルルに連れられお風呂へ向かった。着替えはティルルが貸してくれるそうだ。ヒカルは部屋で急に暴れだしたことや、無理を言ってお風呂を要求したことなどを謝りつつ、ホッと一息つく。

 危うく、祖母の秘密がバレるところだった。

 ヒカルの中で、まだ確信はない。しかし、恐らく祖母の使ううちなーぐちが魔法詠唱のトリガーになっていることは予想がついていた。しかし、神様も酷いお人だ。認知症に悩まされている老人を、たった一人異世界送りにしようとしたのだから。しかもその世界では、魔法が使える存在は魔族として嫌われると来た。どうしてそんな世界に、自分の世話すらまともにできない祖母を魔法使いとして送り込もうなんて考えるのか。神という存在の考えることはいまいちよく分からない。魔石すら、祖母を魔物や魔族として扱い、痛みを与えたのだ。もしヒカルが一緒に居なかったら、今頃祖母はどんな目にあっていただろうか。

「危なっかしいっての……。まじで」

 ヒカルは、誰にでもなくそう呟くと、陶器に入っていた水をクイッと飲み干した。

「お婆さんと、仲いいんですね?」

 風呂場で祖母の様子を見てくれていたティルルが、食卓に戻って来るやそう口にした。

「そうですかね?」

 ヒカルは興味無さそうに答える。

「えぇ、とっても仲良さそうに見えましたよ。いきなり取っ組み合いを始めたときは、どうしたのかと焦りましたけど」

「あはは、いやぁ。お恥ずかしいところをお見せしました」

 祖母の口を塞いでいた理由についての言い訳は全く思い浮かばない。完全にヒカルが奇人変人の類に成り下がていた。しかし、ティルルは深く聞こうとはせず、畳に腰を下ろすと優しく微笑んだ。そして、食器を片付けていたティダに目を送る。

「我が家は、娘一人しかいないので。男の子が居たら、やっぱりやんちゃだったのかなぁって思ったんです」

「なるほど……」

 ティルルの言葉には、どこか影が潜んでいるような気がした。子供に関しては、暗い過去があるのだろうか。ヒカルはそっとワイダを見る。いつの間にか、彼は畳に横になったまま寝息を立てていた。食後、血糖値が上がって眠くなったのだろう。ヒカルは目線をティルルに戻して問う。

「ティダには、兄弟が居ないんですか?」

 その問いに、ティルルは表情を暗くした。いや、何なんだよ、ちょっと聞いて欲しそうな雰囲気だったじゃん。空気読んだつもりなんだけど? とは勿論言えない。

「ティダには、五つ上の兄がいたんです」

「ほう……」

 ということは、今十九歳くらいか。俺より年上だな、なんて考えているヒカルに、ティルルは続ける。

「ですが、あの子は成人式を迎える前に……、死にました」

「え」

 いや、場の空気的に、そんな話だろうなとは思っていたけど。

「ティンダル村には、十年以上前からヌジーという魔物が住み着いています」

「あぁ、あいつ……」

 森の中で出会った巨体が脳裏によみがえる。おどろおどろしい見た目、凶暴な表情、カタコトながらに発せられる人の言葉。

「ヌジーは、月に一度の満月の日に、成人していない子供を食べに現れます。私たちは、毎月ヌジーに指定された子を、生贄として捧げなければならないのです……」

「……は? なんだよそれ」

「ふふふ、おかしな話ですよね。あれはまだ、ティダが八つのことでした。ティダの兄は十三歳。あと一年で成人できる。そうしたらヌジーに捧げなくて済む。あと一年の辛抱だ。そう思っていたんです。ですが……」

「生贄に選ばれた、ってことですか?」

 ティルルは表情を暗くしたまま、小さく頷いた。

「多分、ティダも覚えているはずです。」

「きっと、辛かったでしょう……」

 ティダは今、台所で食器を洗っている。その背中からも、真面目で頑張り屋さんなのは伝わってきた。

「あの日から、ティダは兄の分も我が家を支えるんだって張り切っちゃって。一人で森に行っては山菜を採って帰るようになったんです。森にはヌジーの他にも、色んな魔物が居るかもしれないのに」

「……それは、心配だったでしょう」

「えぇ、ようやく成人したとはいえ、まだ十四です。ガルガルのような他の魔物に教われたらと思うと、気が気じゃなくて」

 そのガルガルという魔物は何なんですか、と言いかけたヒカルだったが、ティルルの涙を見て言葉を我慢した。

「この村には、ヌジーにいけにえを捧げるという風習が根付いています。そのせいで、慢性的な子供不足。この村に旅人がいらっしゃったのも十数年ぶりのことですし。だから、ヒカルさん、私はあなたを運命の人だと思っているんです」

「……へ?」

 ティルルは涙をぬぐうと、ヒカルの両手をガッチリと握りしめた。困惑を隠せないヒカルなどお構いなしといった様子で、彼女は声を震わせて続けた。

「しつこいようですが、あの子と結婚してくれませんか? あの子が幸せになる姿を、どうしても見たいのです。あの子の命を救ってくれたあなたなら、きっとティダを幸せにできるはずです。お願いします。どうか私に、孫の顔を見せてください」

「ちょ、ちょちょちょ、気が早い、気が早すぎますって!」

 この村の人はまるで何かに追われているみたいだ。結婚に執着していて、どこか焦っている。そんなこと言われても、高校三年間どころか、生まれて一度も彼女ができたことのないヒカルにとって、結婚なんて全く実感がわかない。でも、断り方も分からない。

「いったん落ち着きましょう、お母さん」

「お母さん! 今私のことをお母さんと呼んでくれたわね! つまり、つまり結婚を決断してくれたということ?」

「ちが、違います! そういうわけじゃなくて!」

「式は任せて! いい場所知ってるの! 私も昔、あの人と盛大にお祝いした場所よ!」

「ちょっと、気が早いって! 俺まだティダと結婚するとは一言も!」

「今言った! 確かに言ったわ! ティダと結婚するって言ったわよね!」

「言葉の一部だけ切り取るなよ!」

「やったぁぁ! ちょっとあなた、そんなところで寝てないで! 起きて、早く起きなさい!」

 暴走するティルルは止まらない。腹を出して寝るワイダを強制的に起こそうと、彼のみぞおちに肘鉄をかました。

「グブッフォォ!」

 痛そう。

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