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情報収集

 ティルルの焼いてくれたキングビートルの肉は非常に柔らかく、それでいて程よい弾力と歯ごたえが最高だった。口いっぱいに広がる脂身と、エビのようにプチプチ切れる繊維。そして、香草のさわやかな香りが一気に広がる。蒸しパンはかなり質素な味わいだった。穀物の香りが強いというか、むしろ穀物の香りしかしない。塩や砂糖などで味をつけたりはしていないのだろう。しかし、メインのキングビートルがかなり濃いめの味付けで、むしろありがたいほどだ。口いっぱいに広がる塩味を、蒸しパンが優しく吸い取ってくれる。

「良い食べっぷりだなぁ、ヒカル君」

「えぇ、これとっても美味しいです!」

「それは良かった。ところで、君もこの村に来て知らないことが多いだろう。聞きたいことがあったら何でも答えるからな」

 ワイダは肉を箸で摘まんでブルンブルンと震わせながら微笑んだ。どうやら、かなり気を許してくれているらしい。

「では、いくつか聞きたいことがあるんですけど……」

「おう、何でも聞いてくれ。ティダのスリーサイズから教えようか」

「ちょっとお父さん? また壁に埋められたい?」

 彼の隣でティダが拳を握りしめる。

「じょ、冗談だ……」

 屈強なワイダでも、ティダの拳は怖いらしい。さて、何から聞いたものか

「えっと、この村って、どういう村なんですか?」

 まず大事なのは情報収集だ。神様とやらはヒカルに肝心なこと何一つ教えてくれなかった。色々と話をしたらしい祖母に至っては、数年前から患っている認知症の影響もあってか、まったく頼りにならない。唐突に変なことを仕出かす始末だ。だから、まずどんな異世界にやって来たのか情報を集めることにしよう。

「この村のことも知らずに来たのか。いや、それもそうか……」

 ワイダは少し何かを考える素振りを見せた。どうせまた、ワスレナグサの影響で記憶がないとでも勘違いされているのだろう。だが、その設定は非常に役立つ。異世界の常識を知らなくても、とりあえずワスレナグサのせいに出来るのだから。

「えっとだな、この村はティンダル村という名前だ。農業と狩猟を中心とした小さな村でな、私は畑を持っているので、基本的には麦を育てている。人口は大体千人を超えるくらいだったか。他の集落に比べれば、大きい方だな」

「なるほど、ティンダル村……。カヌチ、でしたっけ。あのお守りは?」

「あぁ、カヌチも知らないのか。あれはここいら一帯で信仰されている魔除けだよ」

 ワイダはそういうと、腰につけてあったカヌチを外してヒカルに渡した。ティンダル村の入り口で門番の二人に握らされたものと同じだ。藁で編んだ不思議な形をしたお守り。中心には青い宝石がある。ヒカルは手に持ったカヌチを眺めながら、次の質問を投げかけた。

「魔除け……、その、魔物っていうのは何なんですか?」

 この世界が異世界である何よりの証拠、それは魔物の存在だ。ヒカルの住んでいた世界には、少なくとも地球上には、魔法も魔物も存在しなかった。

「魔物というのは、魔力を扱うことが出来る生物のことだな。例えば君の記憶を食べたワスレナグサ。あれも魔物だ。魔物はもともと遥か北の国だけに居たらしいんだが、魔王が南に向けて進軍すると同時に増えていったんだ」

 ふと、脳裏に神様の言葉が過った。「とにかく、君たち二人は今から異世界に行ってもらいます。その世界では、今魔王が世界を侵略しつつあってだね。そこで、君たちのいる世界から最も能力の高い人間を送って、とりあえず人類を勝たせてあげようと思ってるんだけど……」そんなことを言っていたはずだ。つまり、この世界は今魔王の手によって支配されつつある。そして、ヒカルやウメの目的は魔王討伐。

 ヒカルは、ワイダをじっと見つめて次の問いを投げかけた。

「魔王っていうのは、何者なんですか?」

 ワイダは一瞬目を大きく開き、それから眉間に皺を寄せた。

「そうか、そういうことも忘れてしまったのか。その……、魔王というのはだな」

 言葉を選んでいる旦那を見かねたのか、ティルルが口を挟んだ。

「遥か北に、魔王国という国があるんです。そこでは、魔法を操れる生物、魔物が生息していました。極寒の大地に、強力な魔物。人は決して住むことが出来ない、そんな地域です。ところが、ある日人の形をした魔物が現れたそうなんです」

「人の形をした魔物?」

 ティルルは頷く。

「えぇ、私たちと同じように、二足歩行をし、武器を持ち、言葉を話す存在です。ただ違うのは、彼らも魔法が使えるということ。私たち人類は、彼らを魔族と呼ぶことにしました。魔族は魔法の代償なのか、頭に角を生やしていたり、尻尾が生えていたり、翼で空を飛んだりするなんて噂もあります。けれど、詳しいことは分かりません。そんな魔族が、ある日大量の魔物を引き連れて南下してきたんです。人間に、戦争を仕掛けるって」

 その言葉を聞き、ウメの表情が曇った。ヒカルは気づく。そういえば祖母は沖縄戦を生き残った人だった。かつての記憶を思い返したのだろう。戦争という言葉を聞くたびに、テレビのチャンネルを変えるほどだった。祖母にとって、まだ沖縄戦は終わっていないのかもしれない。

「その魔族を従えたのが、魔王です。目的は分かりませんが、どうも人類を目の敵にしているようで……」

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