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うちなー転生 一

カクヨム、小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ、ノベルアップ+にて同様の作品を投稿しています。

 黄金の光が、裂けた雲間を突き抜ける稲光のように迸った。

 怒りに満ちた老婆は、無数の魔物の群れを睨み据え、天へ向けて右拳を高く掲げる。

「めーごーさー!」

 響き渡る掛け声と同時に、大地が唸り、再び彼女の右拳には黄金の光が宿る。老婆は迫りくる邪悪な影目掛けて、その拳を振り下ろした。閃光。衝撃。爆音。血しぶき。彼女を中心に発生した高エネルギーの波動は、死を恐れぬ軍勢に死神の存在を理解させる。

 その光景を、青年はただ息を呑んで見上げていた。胸の奥で、理由もなく何かが燃え上がっていくのを感じながら。

「おばぁ、やっぱすげぇ……。アチィ!」


あちいぃぃぃぃ!」

 ちょうど頭のてっぺんに灼熱が差し掛かっていた。ジリジリジリジリジ――ッ。まるで揚げ物でもしているかのような、ものすごい騒音が響き渡る。アブラゼミの鳴き声だ。茶褐色の羽を震わせながら、蝉たちは必死に生命を燃やしていた。

 そんな昆虫を見上げて、新城ヒカルは小さく悪態をつく。

「お前らは歌ってるだけでいいもんな、自由でいいよなぁ……」

 右手に持っていた鎌を、苛立ちのままに地面へ投げ捨てる。額から噴き出す汗を手の甲で拭うと、指先から雫が滴り落ちた。その重みが、今日という一日の過酷さをありありと語っていた。

 「暑ちぃ……」

 顔をしかめたまま、ヒカルは近くのガジュマルの木の根元に腰を下ろした。日陰になっていた土の冷たさが、お尻からじわりと体に沁み込んでくる。

 季節は夏、あと一週間もすれば待ちに待った夏休みの到来である――。はずなのに、ヒカルの表情には陰りがあった。

「あいあいあい、ヒカルゥ、もうくてーたわけぇ(もう疲れたの)?」

 のんびりとした声が聞こえた。ヒカルは木陰に休ませてあった水筒に手を伸ばしつつ、声の方へ視線を向ける。そこに立っていたのは、新城ウメ。彼の祖母であった。

 齢八五。かつての沖縄戦を生き延び、アメリカによる統治を潜り抜け、本土復帰を果たして平和を手にするこの時代まで、まさにちゃーがんじゅー(いつも元気)を貫いた人である。

「おばぁ、俺はもう無理よ、しに(とても)疲れた」

「あいえなーぁ(あらまぁ)、相変わらずよーばー(弱虫)だねぇ。もう疲れたわけ?」

 ウメの呆れたような声に、ヒカルは深く溜息を吐きながら空を仰いだ。ガジュマルの枝から垂れ下がる気根が、夏の風に吹かれて揺れる。木漏れ日が一瞬眼球を焼いて、思わずしかめっ面をした。皮膚にぴったりとくっつくシャツが、やけに冷たい。片手に握る水筒をそっと口元に運んで、彼は口を開いた。しかし、乾いた音だけが鳴って、中身はもう空だった。

「当たり前さ、おばぁ、俺たち何時から作業してると思ってるば?」

 夏休み前の一週間前、ヒカルの住んでいる地域では、恒例の集落清掃が行われていた。村人総出でゴミ拾いをしたり、公民館の掃き掃除を行ったり、側溝の泥攫いを行ったり。そんな中、ヒカルの担当は、道端に伸びた雑草の除去であった。ウメが用意してくれた鎌を片手に、道端へ成長する雑草を根元から刈り取るのだ。

 道端に生えている雑草のほとんどは、ギンネムと呼ばれる外来植物。これがまた、非常に硬くて頑丈で、鎌一本で切るには苦労するのだ。

「昨日の夜八時だっけねぇ」

 ウメはすっとぼけた顔で首を傾げた。

「そう……昨日の八時」

 ヒカルは水筒を傾けたまま頷いた。水筒からは、もう一滴も水は垂れてこない。震える体は、我慢の限界を訴えていた。水筒を強く強く握りしめたヒカルは、そのまま全力で投げ捨てる。

「かれこれ十六時間も作業してるんだよ俺は! サラリーマンでも八時間労働が普通だよなぁ、なんで俺だけ倍働かされてんの!」

「だー、うるさいねぇ、そんなんじゃ、ちゃーがんじゅー(いつも元気)になれんよ?」

「むしろ体調崩すわ! 熱中症で倒れるわ。持ってきた水筒も空っぽだし、喉カラカラなんですけど。ちょっと眩暈もしてきたし、何ならこのまま呂律も回らなくなりそうだわ。熱中症って言葉もうまく言えなくなりそうだわ」

「でーじ早口さね、聞き取れんよぉ?」

「んじゃもっとゆっくり喋ろうか? ねぇおばぁ、ゆっくり言おうか? 熱中症! このままだと熱中症になるの! ねっ! ちゅう! しょう!」

「ねぇ、ちゅうしよう?」

「おばぁが言うな! 聞きたくないわ! 八五歳に言われてもちっともキュンとしないわ!」

「それくらいゆんたく(お喋り)できるなら大丈夫よ、だー、鎌持って」

 そう言いながらウメはヒカルの投げ捨てた水筒を拾う。

「この鎌変な形してるねぇ」

 祖母はそう口にしながら水筒で草刈りを始めた。

「それ水筒! 鎌じゃねえよ! それで切れるわけないだろ! 歳のせいでボケてるの? それとも熱で頭壊れたの?」

「うるさいねぇ、はい、水足りなかったわけね。だー、これ飲みなさい」

「おばぁ、そっちは鎌! 鎌は飲めないよ! 俺大道芸人かよ! パフォーマンスしろってか?」

「なに、ヒカルゥいつの間に芸人になったわけ?」

「なってねぇよ!」

「でもほら、こっちにたくさんの人が手振ってるさ」

「は? どこよ?」

 ウメの指す方に目をやるも、そこは鬱蒼と生い茂る雑木林。人の気配はどこにもない。ただ草木が風に合わせてざわわと揺れるだけ。

「えー、なんもないやっし!」

「うりひゃ、でーじたくさん手ぇ振ってるさ。あい、そっちはもう終わったねぇ?」

 祖母は笑顔で手を振り返している。しかしやはり、誰も居ない。彼女の目線の先には揺れ踊り舞う草木のみ。

「……葉っぱと会話すんな!」

「えー、金城さんを葉っぱ扱いするな」

「葉っぱに名前つけるなよ!」

「私はつけてないよ、金城さんは最初から金城さんさ」

「どこよ、誰も居ないやっし! ただ草ボーボー毛ボーボーなだけよ!」

「あんたどこ見てるわけ、その右よ!」

「はぁ?」

 ウメに促されるまま視線を右にずらすと、そこには村長の金城さんが光り輝く頭をハンカチで拭っている姿があった。

「ヒカルくん嬉しいこと言ってくれるねぇ、わんが最近毛生え薬使ってるの、見て分かったわけ?」

 笑顔で駆け寄ってくる金城さんに向かって、ヒカルはハッキリと言い返した。

「うるさい眩しいばーよ!」

「ずこ――っ」

 それに黙っていなかったのは勿論ウメである。

「あいえなー、こらヒカル、金城さんに向かって失礼よや。ちゃんと謝りなさい」

「嫌だ! 謝らん! 俺しに働いたんど! なんか報酬とかあってもいいさ!」

「うり、水筒あるよ」

「だからそれは鎌だってばおばぁ、多分熱中症になってるよ! 物の区別ついてないやっし!」

「ねぇ、ちゅうしよう?」

「だから嫌っちば! あぁ、もういい! 俺はもう帰る! 帰ってゲームする! 最新作のゲームボーイアドバンスで遊ぶばぁよ!」

「ゲートボール・バカンス? いいねぇ、私も行きたいさぁ」

「ゲームボーイアドバンスだよ! 十七歳の男子高校生がゲートボールしたがるわけないだろ! ポケモンのサファイアで遊ぶばぁよ!」

「バケモンのパパイア? 怖いねぇ」

「パパイアの化け物居ても怖くねぇよ、ってかなんだよそのしょうもない化け物!」

 ヒカルはぶっきらぼうに言い放つと、勢いをつけて起き上がり、帰路に就いた。

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