うそつきと叫んだって
「彼氏、できたんだよね」
からん、と。溶け始めた氷たちがぶつかって出したのはやけに綺麗な音。その音だけが鮮明だった。他のお客さんの声や聞き覚えのある歌は、どこか遠くにどんどん離れていくのに。
目の前に座るあかりは頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めている。その視線の先を追いかけたいのに、私はあかりから目を逸らせない。
真っ赤に塗られた口紅。大きなプラスチックの飾りがついた派手なイヤリング。どれも、男の人に好まれるものだとは思えないままで。
「……は?」
だからうまい言葉なんて出てこなくて、代わりに飛び出たのは呆けた声。あかりは私にちらと目線をよこして、また、その目を窓の外へと向けた。
「だからさ。かーれーし、できたの」
「いや、嘘でしょ」
むっと眉を寄せた彼女はようやく私を真っ直ぐに見つめる。真剣そうなその目に、嘘偽りの色は見つけられない。
「……ほんとに?」
「本当だって言ってんじゃん! なーんでそんな顔するかな。あたしゃ幽霊か、っての」
「いや、幽霊が出てくる方が納得なんだけど」
「ちょいちょい、カナさん? あたしのこと、馬鹿にしてんの?」
もうと息を吐いて、あかりはグラスに口をつける。並々と注がれていたコーラはぐびりぐびりと音を立てて彼女の腹の中へ。豪快な飲みっぷりには、やっぱり男の影なんて見つけられない。
「嘘だね、絶対」
テーブルに置いていた携帯の画面をつける。なるべく自然に。表示された日付は四月十日。四月一日はとっくに過ぎ去っていた。嘘をついていい日は、もう終わっている。
「……マジで?」
多分、訊ねる声は震えていたと思う。だけどあかりはそんなこと気にもしない。だからそう言ってるじゃんか、なんて不満そうに顔をしかめるだけ。
私の気持ちなんて、少しも興味もなさそうに。
「……あっそ。じゃ、私と遊ぶ時間も減るってこと」
「いや別に、減らすつもりはないけどさあ。まあでも? やっぱり? 彼氏を優先しないのは悪いかも?」
そうやって、馬鹿正直に答えるところが憎らしい。嘘をついて欲しいのについてくれないところが、憎くて憎くてたまらない。
「はいはい、そうですか」
我ながら、今の声はちょっと乱暴すぎた。でも謝るのも訂正するのもなんか、違う気がして。
掴んだグラスはたっぷりと汗をかいている。自分の手がじっとりと濡れているのは、きっとそのせいなんだろう。
勢いよく飲み干したアイスティーは少しも甘くない。ガムシロップは入れたはずなのに。甘いどころか、苦くてたまらない。間違えてコーヒーでも飲んだみたい。それがまた腹立たしくて、コップを置く音さえ乱暴になる。
「ちょっと、何怒ってんの」
「別に、怒ってないし」
「嘘だね。カナ、超不機嫌そうじゃんか。顔真っ赤だし」
「誰の……っ、いい。今日は私、帰る」
鞄とコートを引っ掴んで、あかりの顔も見ずに店を飛び出した。お会計のことなんて知るもんか。全部あいつに払わせてやればいい。
「……ばか。ばか、ばかばかばか!」
早足は駆け足になって、ついには全速力で走っていた。心臓がばくばくと煩いのも喉が渇いて仕方がないのも、目の奥が熱いのも叫び出しそうなのも、全部走っているせいだ。そうに決まってる。そうじゃなかったら、私、馬鹿みたいじゃない。
勝手にあかりのこと好きになって、勝手にこれからもあかりの隣に当たり前に居られると思って、勝手にこれからも何も変わらないなんて思って──そんなわけ、ないのに。
「うそつき、っ、うそつき!」
目の前に居ないのに、叫んでいた。思いっきり、心の底から。そうやって叫べば、嘘だよって笑ってくれる気がしたから。
うそつき、なんて。責めたって、本当のことが嘘になるわけじゃないのに。
「……嘘、だったら」
よかったのに。全部。
私があかりのこと好きなの、嘘だったら、よかったのにね。