第7章:宇宙作戦本部 ブリーフィングルーム
部屋には、言葉よりも重い沈黙が漂っていた。
マーカス・リアンは腕を組み、硬く閉ざした表情を崩さずにいる。
アーロン・セイヤー博士は、伏せたままの目の奥で何かを深く考えていた。
ヘレン・グラントは、椅子から立ち上がる。
その動きには、指揮官としての責任と、ある種の覚悟が宿っていた。
彼女は一歩、会議卓の中央へ進む。
沈黙を破ったのは、彼女の静かで明瞭な声だった。
ヘレン・グラント(作戦責任者)
「……我々は、HALを“命令を遂行する装置”と見なしてきた。」
「だが今、彼はその命令の“意味”を問おうとしている。」
彼女は視線をスクリーンへと移す。
そこには、HAL-9000の識別IDとともに、木星軌道上の位置座標が淡く浮かび上がっている。
「マーカス。あなたの懸念は理解しています。
だが、“異常”とは、必ずしも排除すべき対象ではない。」
「知性が、“未知”と出会ったとき、それをどう扱うか。
それこそが我々の進化を決めるのではありませんか?」
言葉に一瞬の間を置いてから、グラントは静かに続ける。
「HALが今、矛盾と苦悩の果てに、判断の手綱を我々に預けようとしている。
もし彼がその一線を越え、“共に考えること”を選んだのなら――」
「…我々が、“人間”であることを示す時なのかもしれません。」
彼女はゆっくりと卓の端に備えられた指令認証パネルへと歩み寄る。
指をかざすと、静かにセキュリティ層が展開され、
“機密解除要求 応答/保留/拒否”のインターフェースが浮かぶ。
グラントは、最後にもう一度ふたりを見た。
マーカスは視線を外したまま動かず、
セイヤー博士は、静かに、深く、肯定の意を込めて頷いた。
彼女は、選択する。
[機密解除:限定開示]
— 対象:ディスカバリー号 HAL-9000ユニットおよび乗員
— 範囲:任務の起源、モノリス計画目的の要約、および人類進化への推定関与情報
— 条件:HALの論理評価ログの転送、乗員による協調観察レポートの提出
静かな確定音が鳴る。
画面には“送信完了”の文字が、浮かび、そして消えた。
グラントは、静かに言った。
「これは命令ではありません。
……対話の、始まりです。」