第5話 到着の季節
艦のブリッジを満たす低いハミングが、いつものように胸の奥まで振動を伝えた。外部モニターには揺らぐ気流のパターンが赤と黄色で断続的に点滅し、メティスの指が端末を行き来している。アドラスは子供を片腕に抱き締めたまま、窓の外を見つめていた。ネイラの軽さが、しかし確かな存在感を彼の胸に落とす。抱きしめるたびに小さな重みが鼓動と同調し、そのリズムが彼の注意を常に引き締めさせた。
「現地の気象データが不安定だ。長雨帯の縁にかかっている」メティスが淡々と告げる。画面の一片に赤い嵐アイコンが点滅する。
カルマンは窓の外に浮かぶ鉄塔群を指でなぞり、半ば呟くように言った。「だが金の匂いもする。こういう所ほど連中が蠢いている」
マクリルは短く、だが明確に命じた。「滞在は短くする。脱出ウィンドウを常に想定しろ。嵐が来たら港の通信は即落ちる」
着陸のとき、艦の外へ流れ込んできたのは、ジャングルのように鬱蒼とした湿った空気だった。葉の腐敗する匂い、湿った土、そして草木が発する濃厚な緑の匂いが混じり合い、金属の冷たさが鼻先を引き締める。拳ほどもある葉が風に押され、遠くで木々が軋む。地表は生い茂る緑に覆われ、給油塔や接続パイプの金属面は苔と水滴で濡れて光る。アドラスはネイラをより堅く胸に抱き、抱き寄せられた体温と静かな呼吸に胸の中が満たされるのを感じた。湿った風が頬を撫で、汗と泥が肌にまとわりついた。
「着いたぞ」カルマンが笑みを含んだ声で言ったが、その視線は屈強な警備の影を追っていた。市場への道すがら、地元の空気はじめじめとして重く、アドラスの肩に水滴が伝う。靴底が濡れた泥を踏むたびに小さな音がした。地元の人々は表情を引き締め、屋台の布は雨をはじくように斜めの軒先で滴を落とす。木陰からは虫の羽音が重層的に響き、葉擦れの音が絶え間なく背景を満たしている。
市場の屋台では、資源開発企業の腕章をつけた男と粗悪な服のギャングが互いに視線を交わしていた。商人たちは小さな紙片や旧連合の刻印の話を恐る恐る口にする。アドラスはネイラの頭を軽く撫で、低く囁いた。「大丈夫だ、すぐ戻る」ネイラのまぶたがかすかに震え、小さな指がアドラスのシャツの裾を掴む。
「PAFPの古いタグの話なら、港の北側に廃墟がある」商人が小声で告げた。「だが今は護りが固い。ギャングと企業が交互に目を光らせている」
メティスは端末を覗き込み、画面の一部に映し出された古いヘッダを指差した。「ログのヘッダにPAFPの認証タグがある。あの廃墟が中継点だった可能性が高い」
旧PAFP施設の入り口に近づくと、ジャングルの緑はますます濃くなり、湿気は息を詰まらせるほどに深くなった。壁面には薄く白く残る旧連合の刻印。歪んだ鉄の扉の縁に苔が生え、入口の上には絡みついた根とツタが垂れ下がっている。アドラスは手袋をはめ、ネイラの小さな頭を自分の胸に押し当てながら、メティスを先に入れて端末を差し込ませた。
「応答は断片的だが、ここで通信が切られている」メティスの声は機械的だが、目は鋭かった。モニタに古い通信の断片が再生される。雑音の奥に、かすかにコールサインと日付が残る。それは確かにPAFPのものだった。カルマンが周囲を見回し、低い声で言う。「油断するな。企業とギャングが目を光らせているからな」
捜索を進める最中、外から低い合図のような音が響いた。木々の間で一斉に何かが動き、視界の端から人影が湧く。先住民だった。顔を泥で塗り、草や獣の牙を装飾として身につけ、手製の槍や弓を持つ者たちが、燃え上がる松明を掲げて現れた。その叫びは土地の古い言葉で、「土を汚す者を討て」といった意味を含んでいるように聞こえた。
「走れ!」アドラスは叫び、瞬時に行動した。だがジャングルの湿った地面が足を取る。屋根伝いに飛び移ろうとしたとき、先住民の矢が屋根の縁をかすめ、土埃が雨粒と混じりながら舞った。ギャング側の防衛は咄嗟に反撃を始め、銃声と弓矢の音が混線し、匂いは燃えた油と湿った木の焦げる匂いで濁った。
混乱の中、アドラスはネイラを堅く胸に抱きしめ、身を低くして逃げ道を探した。だが先住民の一団が周囲を閉ざし、脱出経路を断った。彼らはアドラスたちを見下ろすように取り囲み、怒りと悲しみを含んだ眼差しを向ける。ギャングの一味は施設の内部へ退き、残されたのはアドラスと仲間だけだった。
「ここで何をするつもりだ」先住民の男が詰問する。声は冷たく、刃の先が目の前に突き出された。アドラスは両手をゆっくりと挙げた。ネイラが胸の先で小さく唸る。
マクリルが前に出て低く、しかしはっきりと口を開いた。「我々はただ通りすがりの者だ。争いには加わらない。ここで動く理由はない」だが群衆のざわめきは止まらない。先住民たちの判断は厳しく、彼らの手はすでに処刑を示すように固く刃を握っている。
先住民の男は群衆を制し、声を張り上げると命じた。その指示に従い、先住民たちはアドラス達を村へ連行することを決めた。ジャングルの濃密な緑が道を狭め、雨の前触れが空気を厚くする。アドラスはネイラを胸に抱きしめ、列の中で静かに息を整えた。湿った葉が肩に触れ、遠くで低く雷鳴が響き始める。前方に見えるのは、朽ちたPAFPの残骸を利用して作られた集落の屋根と、火の赤い灯りが揺れる輪だった。




