8.瞬殺、惨殺、息する間も無く
采加を見送ったあと、海吏と日咲はいつものように食事を摂っていた。
メニューは海吏特性のスパイスカレー、相変わらず小石のような粒が液体の表面に浮かんでいる。
「日咲、おいしい?」
「ん……うん、おいしい」
黙々とカレーライスを口に運ぶ日咲。
目は虚で、木皿の残りはあと一口というところだった。
少量のカレーを乗せたスプーンを口に運ぶ海吏。その途端、噴き出してカップの中の水を一気飲みする。
「我ながらいつもより酷い……日咲、無理して食べなくていいから」
「別に、無理なんかしてないし」
ぼーっと空を見つめる日咲はあと一杯のカレーライスが掬えず、カチカチと食器の擦れる音を辺りに響かせていた。
「……迎えにいこうか、采加のこと」
海吏の言葉に、日咲は瞬時に振り返る。
「え、なに言ってんの?」
「気に入ってたんだろ、采加のこと」
「別に、気に入ってなんか……ただ、悪い子じゃないって思って、話しかけてくれるし。友達になれるかも、とは思ったけど」
俯き加減に、しどろもどろに話す日咲。
海吏はため息をつき、目を細めた。
「明さん、タバコ休憩するだろうから、まだ遠くには行ってないだろ」
「別に、私は……迎えに行って欲しいなんて」
「はいはい、じゃあ俺が迎えに行きたいの」
「なにそれ、あんたあの子のこと……」
「そんなわけないだろ」
日咲の頭を撫で、顔を近づける海吏。
不貞腐れる日咲の額と自分の額を合わせ、目線を合わせる。
「俺の一番は日咲だ。それは絶対で、永遠に変わらない。なにがあっても、日咲のことは俺が守るから」
コツンとぶつかる額。
日咲は目を閉じ、ため息を零した。
「気をつけてね」
「心配すんな、采加連れてすぐ帰ってくるから」
「采加って獣に免疫ないだろうから、イノシシとかクマに遭ったら見捨てて帰ってきていいから」
「ダメだろ、それ。大丈夫、そんなことにならない。二人で帰ってくるよ、それで日咲が喜ぶなら」
重なった額を離し、立ち上がる海吏。
日咲は彼を見上げ、小さく頷いた。
「カレー残しておくから、帰ってきたら一緒に食べよう」
「おー、いいな。三人で食おう」
「ゲキマズだけどね」
「あいかわらず酷評だな。じゃあ、行ってくる」
焚き火のそばに置いていた日本刀を手に、海吏は片手を振った。
両親が生きていた頃に護身用にと授けられたもので、それだけは大事に持っていた。
「いっらっしゃい」
背を向ける海吏に、日咲が声をかける。
「気をつけてね、無理しなくていいから」
「わかってる、大丈夫」
振り向かず答える海吏。
日咲は静かに、海吏の背中を見送った。
*
遠くで梟の鳴き声がする。キィキイと、なにか獣の呻き声も。
負傷した、というより胴体を抉られて生き絶えた馬から転げ落ちた采加は、咄嗟に馬車の下に隠れた。
ガタガタと木箱の揺れる音そして、
「なんだ、おまえ!」
「おい、まさかこいつ……」
野太い男の声が響くと同時、グシャリと肉が潰れる音。
二つあった声は、両方ともなくなった。
客人は二人だったらしい。
顔を上げるとポタッと、頬になにかが滴る。
「……っ」
采加は必死で声を抑えた。
頭上、馬車の床から滴る真っ赤な血。滲みあふれていたそれは徐々に範囲を広げ、やがてボタボタと采加の顔を濡らし身体ごと赤黒く染めていった。
ダンッ、とものすごい音がして采加は体を硬らせる。
頭上を歩く音がする、と思ったら次の瞬間、馬車の向こうに足が見えた。
口元を押さえて声を殺す。
込み上げる涙がボロボロと床に落ちたが、頭上からの流血に紛れて涙の音は消えた。
足、だが人間のそれではない。
骨のような形をした銀色の棒が二本、関節を折って動く。
ところどころ、ペンキが剥げたように肌色が塗られている。
キジン……機人だ!
資料館でみた【機人について】という本に載っていたそれの足と同じものが今、目の前にある。
ガシャガシュと音を立て、足が遠ざかる。
目をそらすことが出来なかった。じっと見つめていると次は胴体が見えた、肩まで伸びるボサボサの黒髪。
太い体躯、男性型だろうか?
上半身から太ももまではボロボロの布切れで覆われているため、性別を判断することは難しかった。
ガシュン、ガシャン、と。
一歩また一歩と機人が遠ざかる。
どうか、このまま……このまま去って。
両手拳を握りしめ、祈りながら機人の背中を見つめる。
と、その時、
ギュイン、キッ。
鋼が擦れたような音を立て、機人が振り返った。
「……っ」
漏れる悲鳴を何とか抑える。こちらを見つめる機人の顔は、どこにでもいるような普通の人間……普通の顔だった。
どちらかといえば端正な、彫りが深く鼻が高い、整った顔立ちの男性。顔は普通の人間なのに腕や足は機械で構成されている。
いや、違う。
腕は……
右腕だけはちゃんと皮膚がついてる。人間のそれだ。
キッ、キュイン……
渇いた音が空に響き、機人は顔を戻して再び歩き始めた。
ガションガシュン、と、重そうな身体を引きずりながら。




