7.行商人
二人が広場に戻ると、焚き火の脇に海吏ともう一人男がいた。
「おぉ、日咲か! 久しぶりだな!」
無精髭を生やした三十路前後の男は、日咲の姿を確認すると嬉しそうに駆け寄った。
「大きくなったなぁ……うん、大きく……」
まじまじと見つめる視線が胸に止まったところで、海吏が後ろから男の肩を叩く。
「明さん、この子です」
一斉に視線が集まり、采加は萎縮して小さく頭を下げた。
「日咲と同い年って聞いてたが、随分立派じゃねぇか」
「どこ見て言ってんのよ、変態」
采加の胸元に向かう明の視線を、日咲が遮る。
「がはは、悪い悪い」
歯茎を見せて盛大に笑ったあと、明は采加の頭にぽんっと手のひらを乗せた。
「北にある柱野って集落で行商やってる明だ。明るいって書いてアキラな。お前を集落まで届けることになった。よろしくな、サイカ」
再び大口を開けて笑う明。
名は人格を示すというがまさに、明るいという名がふさわしい男だった。
「集落……?」
状況が読めず唖然とする采加の肩を、海吏が軽く叩く。
「前に話しただろ、行商人がここを通るって。この人、明さんがそれ」
「……あぁ、はい」
頷くしか出来なかった。明が差し出す手を握り返し、チラリと横目を向ける。
俯いて動かない日咲とは、目も合わなかった。
「なんだ、いい子じゃないか」
明は手を離し、采斗の顔を見つめる。
「地下の人間だよな? それにしちゃ、素直でいい子だな」
「どういうことですか?」
「今まで出会った地底人は、みんな俺たち地上で暮らす人間のことを畏怖してたんだ。なにか企んでるんじゃないかって疑心暗鬼になったり、油断した頃に背後から襲ってきたり」
「そんなこと……考えもしなかった、です」
「あんたみたいな子のほうが集落のやつらも助かるよ。先月うちの集落で保護した地底人なんかよ、未だに隔離室に閉じ込められてるぜ」
大口を開けて笑う明。
采加はなにが面白かったのかわからず、とりあえず微笑んでいた。
「お、どうした日咲。浮かない顔してるな?」
視線が日咲に集まる。日咲はハッとし、慌てて顔を背けた。
「別に、どうもしてないけど」
「お前もしかして、この子がいなくなるのが寂しいのか?」
「はぁ?」
「同い年だし、いい子だもんな」
「なに言ってんの、そういうのじゃ……」
「日咲、寂しいの?」
海吏の言葉に、日咲が睨みを利かせた。困惑したような目元と、微かに赤く染まった頬。
プイっと顔を背け、日咲は明に向き直る。
「ていうか明さん、いつもより通るの早くない?」
「あぁ、ちょっとな」
「ふーん、まぁいいけど」
パーカーのポケットに手を入れ、興味なさげに空に目線を逸らす日咲。
海吏はそんな日咲の様子をじっと、見つめていた。
*
たいした挨拶も交わさず、采加は二人と分かれて明と共に小道を歩いた。
小高い丘ひとつ超えたところに一頭の馬と、太い縄で馬に繋がれた車輪付きの木箱があった。
「馬見るの初めてか?」
明の言葉に、采加は小さく頷く。
「絵本とか図鑑でしか見たことありませんでした」
「乗り心地悪いかもしれねぇが、我慢して……あー、いや、悪いけど俺と一緒に馬に跨ってくれ」
「え、いや、ちょ……」
明の大きな手で腰を掴まれ、采加は僅かながら抵抗する。
「暴れんな、危ねえから」
しかし抵抗をもろともせず、明は采加を馬の上に乗せた。
次いで自分も馬に跨り、采加の背中を包み込む。
「悪いな、今日の客、地底人嫌いなんだった」
「客?」
「物と一緒に人も運んでるんだ。てことで悪いな、集落に着いたら一番リッチな保護施設に連れてってやるから、我慢してくれ」
明が手綱を揺らすと、嗎が辺りに響き馬が駆け出した。
「……速い」
加速して行くスピードに、采加は感心したように呟いた。
風が顔にぶつかって、背後に流れて行く。
顔が痛い、気持ちいい。
気持ちいい!
「どうだ、愉快だろ? 地下でこんな体験した事ないだろ?」
ガハハと笑い声を上げる明。
采加は楽しくなって、「はいっ」と返事をしながら後ろを向いた。
しかし次の瞬間、目を見開いて息を止める。
そこにあるはずの明の顔が、鎖骨から上の部分がなくなっていた。
身体の切れ目から噴き出す血と、ボトリと地面に落ちる臓器。
更に背後に目を向けると馬車の中に何か、黒い影が入って行くところだった。




