5.あの月が半分になるころ
「おはよう」
海吏の声に目を開いた采加。
ランタンの灯りが洞窟内を照らしていた。
いつの間に眠っていたのだろう。顔を上げると、日咲がたくさんのひょうたんを紐で一つに束ねる作業をしていた。
「今日は水を補充しに行く。暑くて喉乾くだろ?」
言われてようやく、少しだけ喉の痛みを感じた。首元と背中が汗ばんでいる。
「ご飯は魚でもいいな、網とってくるか」
テキパキ、そして淡々と準備をする海吏と日咲。
采加は寝ぼけ眼でその様子を眺めていた。
*
外に出るとすっかり日が暮れ、月明かりが大地を照らしていた。
遠くから梟の声
風が木々を揺らす音
生暖かい空気
遥か彼方まで繋がる空
どれも地下にはないものだった。
海吏がとってきた川魚を串刺しにし、昨夜と同じ広場で焚き火をして魚や野菜を焼いた。途中、煙に釣られてやってきた猪に日咲が矢を放ち、海吏がナイフでとどめを刺した。
「肉が手に入った」と喜ぶ二人を、采加は複雑な気持ちで見ていた。
その心境を察したのか、猪肉を捌いていた日咲が血を拭い、采加の隣に腰掛ける。
「地下ではなに食べてたの?」
「あ、えっと……こういう、生肉は見たことなくて、肉だったらレバー状のもので、魚はすり潰して野菜と一緒に缶に詰めたもの食べてました」
「ふーん」
「調達班、地上探索隊って組織があるんだけど、その人たちが地上で物資を仕入れてくれて……肉や魚は、こうやって手に入れるんですね」
「あぁ、いるね。地上探索してるやつら」
「見たことあるんですか?」
「たまにね。そいつらの中から機人を起こすバカが現れるけど」
「……ごめんなさい」
「なんであんたが謝るのよ」
「采加はいい子だなぁ」
「なに言ってんの海吏、そんな話してないでしょ?」
「地上の人はみんな、こうして生活してるんですか?」
その言葉に、海吏と日咲は顔を見合わせた。やがて二人は空を見上げ、海吏が采加の方に向き直る。
「あと七回夜が明けたら、くらいかな」
采加が首を傾げると、海吏は穏やかに微笑んで空に浮かぶ月を指差した。
「あの月が半円になる頃、この近くを馬車が通る」
「馬車?」
見上げると、楕円よりも丸美を帯びた黄色い月があった。
あの月が、半円を描くころ。
「地上で暮らす人間のほとんどが、どこかの集落に属して生活してるんだ」
「集落?」
「だいたい百から三百、大規模なとこは千人を超えてたりする。同じ集落の仲間で衣食住を確保する役割分担をするんだ。いろんな技術、才能を持った人間が集まるから多様性があるし、個人で暮らすより便利で安全性も高い」
「でも、海吏さんと日咲さんは」
「俺たちはどこの集落にも属していない。事情があって、集落には入れないんだ」
「事情って?」
何気なく尋ねたが、すぐにそれが失言だったと気がついた。
困ったように微笑む海吏、睨みつけるような目つきの日咲。
「ごめんなさい、立ち入ったこと聞いて」
「いや、俺らもごめん」
多少の沈黙のあと、海吏が話を続ける。
「さっきも言ったけど、多数の人間の知恵があるぶん、集落にいる方が安全だ。だから半月の夜、馬車がここを通ったら采加を集落の人間に引き渡す」
「馬車が通ったら、集落の人間に?」
理解していない采加を見て、日咲はため息をついた。
「あんたの説明が下手」と、海吏の腕を小突く。「ここから一キロ北上したところに、三百人程度が暮らす集落があるの。そこに属する貿易商が半月に一度、この近くを通る。貿易商って言葉は知ってる?」
「国と国との、物資のやり取りを行う商人、と地下では習いました」
「同じような意味。ここを通る貿易商、私たちの知り合いで地底人を保護した事もある。だからあんたのことも引き受けてくれると思う」
「え、っと、じゃあ、私はその、集落って場所で暮らすことになるんですか?」
「その方が安全なんだ。電気や火も使えるし、衣服も量産してる。食料班が居るから狩もしなくていいし、ここより便利でいい生活ができるよ」
ニコニコと微笑む海吏。
しかし采加は心の奥にモヤが残り、とうとうその心情を口にした。
「ここに残ったら、ダメですか?」
一瞬で、海吏の表情が変わる。
いや、目に見えて変わったわけではない。
同じ笑顔なのだが、纏っている空気が冷たくなった。
「集落に行った方がいいよ?」
先ほどよりゆっくりと、低くなった海吏の声。
采加は服の裾を握り、顔を上げた。
「海吏さんと日咲さんと一緒に、ここで暮らしたいです」
「集落に行けば友だちもできるよ」
「友だち……」
「俺たちといるより、集落で暮らした方がいいから」
「でも集落に行っても、昼間寝ている間に機人に襲われるリスクは変わらないんですよね?」
「リスクは低くなる。集落の寝床は工夫されてるし、見張り番ってのもいるらしい」
「それでも……」
「ごめん、采加」
食い下がる采加の言葉を、海吏の声が遮った。
「遠回しな言い方して悪かった。俺たちと離れて、集落に行ってくれ」
「私がいると、邪魔ってことですね」
「邪魔っていうか……俺たちはこんな生活してるし、守ってくれる人がいるわけじゃないから機人に遭遇した時の生存率は低い。なにかあったとき、俺が守れる命は一つしかない」
采加が顔を上げると、海吏と目があった。
真っ直ぐに自分を見つめる、嘘偽りのない視線。
「はっきり、正直に言わせてもらう。機人に襲われたとき俺は、守るべきもののために采加を見捨てる事ができる」
俯いた采加の口から、自然にため息が溢れた。
「わかりました。馬車……馬が引く車ですよね? それがこの付近を通ったら、私は集落に行く」
「物資の交換もあって、ここを通る時は俺たちに声かけてくれるから。悪いな、采加」
「大丈夫です。海吏さんの言ってる事、わかりますから。大切なものは一つだけ、手の中に収めておく方がいい」
采加はチラリと日咲を一瞥した。
その視線の意図がかわらず、日咲は首を傾げた。




