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4.地下都市



「洗い物は俺がやっておくから」と、汚れた食器を籠に詰めて海吏は川辺に向かった。

 残った日咲と采加はほうきで灰を履き、土で焚き火の跡を消した。


「こういうの残しとくと、この辺りに無防備な人間がいるって機人にバレるから」

「バレると困るんですか?」

「食糧庫を漁られる可能性が高い。あと、何より怖いのが、寝込みを襲われること」

「寝込み?」

「明け方になればわかる。そっちの荷物持って」


 手際良く荷物を纏め歩き出す日咲。

 采加は地面に置かれた麻の袋を担ぎ、日咲の後を追った。


「地下ってさ、寝る時間とか決まってるの?」

「寝る時間ですか? えっと……」


 歩きながら話をする日咲、采加もその後に続く。


「私は夜の十時に寝て朝の七時に起きてました。夜勤の人とかは朝寝て夜起きる生活してましたけど」

「へぇ、昼とか夜とかの概念があるんだ」


 日咲が足を止めたのは小さな空き家、食事の前に海吏ときた場所だった。当然のように土足で上がり込む日咲、采加も同じように畳の部屋に入った。

 残った食料を畳の下に隠し、再び広場に戻ると既に海吏が待っていた。荷物は何もない、食器は別の場所に隠したのだろう。


「四時だけど、他に何かやっておくことあったっけ? 采加、質問とかある?」


 腕時計の針を見ながら海吏が問いかける。

 日咲は首を横に振り、采加は返答に困って首を傾げた。


「そうだよな、混乱してるよな。じゃあ、今日はもう寝よう。昨日と同じところでいいかな?」

「いいと思う。あそこは穴場だった」

「よし、じゃあ行こう」


 即答する日咲に頷く海吏。

 采加はどうしていいかわかず、とりあえず二人の後に続いた。

 二十分ほど歩き辿り着いたのは、巨大な岩の前だった。直径三メートルもありそうな大きな岩が、山にめり込んでいる。

 岩の下側、足元にはひと一人がギリギリ倒れそうな穴が開いていた。


「二メートルしないうちに広い場所に出るから、それまで我慢してついてきて」


 そう言って穴に顔を突っ込む海吏。ずりずりと身体を這わせ、穴の中に身体を埋め込んでいく。


「お尻が詰まったら押してあげるから、行って」


 日咲に急かされ、采加は穴に上半身を押し込んだ。

 パラパラと落ちた砂が顔にかかる。

 歯を食いしばって身体を這わすと、ちょっと進んだところでパッと辺りが明るくなった。


「お疲れー」


 状態を起こし立ち上がると、そこは広い空洞だった。手を伸ばしても届かない天井、地面は六畳ほどのスペースがある。

 海吏はその場所の中央にいて、ランタンを手に掲げている。


「布団は大丈夫かな?」


 穴を潜り抜けた日咲が、奥に転がっている布切れを広げ、隅々まで確認する。


「うん、大丈夫。虫にも食われてない」

「……あの、布団っていうかそれ、シーツ……」


 呆然と立ち竦む采加に、日咲は呆れたようにため息をつく。


「悪いけど、これでもマシな方なの。この洞窟を見つける前は葉っぱの上で寝てた」

「あ、ちが……ごめんなさ」

「ふかふかの布団が常備されてる場所はだいたい機人が使ってる。睡眠がとれて、無事に目を覚ますだけで幸せなことなんだから」


 プイっと顔を逸らす日咲。

 采加は黙り込み、日咲の側に無言で寄り添った。

 そんな二人の様子を、海吏は苦笑いを浮かべて見ていた。



 シーツは四枚しかないとのことで、采加は日咲と同じ二枚のシーツに挟まれて眠った。

 いや、眠ろうとした。

 目を閉じて何時間経ったろうか、もしかしたら一時間もない、ほんの数分しか過ぎてないかもしれない。

 寝心地の悪さだけではない、妙な興奮で眠りにつけなかった采加。

 すぅーっと、海吏か日咲かわからない誰かの寝息が聞こえる。夜はもう明けただろうか、太陽の下では機人が活動を始めているのだろうか。

 小さくため息を溢し、寝返りを打ったときだった。


「寝れないの?」

「えっ? わわっ!」


 突然の言葉に采加は立ち上がって声を上げた。

 寝転んだまま采加を見上げる日咲が、唇に手を当てて嗜める。


「うるさい。海吏は寝てるから」


 慌てて口元を覆い、耳を済ませると先ほどと同じ寝息が聞こえてきた。

 音を立てないよう、日咲に向き直る。


「あんたさ、なんで地下を追い出されたの?」

「え、なんでって……」

「追い出されるのって、地下で罪を犯した人間や成長の見込めない孤児でしょ? あんたは孤児ってほど幼くないし、そしたらなにかやらかしたんでしょ?」


 采加は戸惑った。信頼してもいいのだろうか、たった数時間前に出会った人間を。

 地上人は地下都市の人間を嫌悪していると習ってきた。さらに、気性が荒く、数少ない物資を取り合って人間同士で争っている醜悪な人種だと。


「不要になったんです、地下都市建設のための人材として」


 悩んだ末、采加は話しをすることに決めた。


「感染病で両親が亡くなって、わたし勉強はしてたんだけど、コンピュータのこと全然わからなくて、身寄りもいなくて……ある意味孤児みたいなものですね。子どもだけじゃなく、大人でも存在意義のない人間は地下都市を追い出されるんですけど」

「……存在意義って、誰が決めてるの?」

「え?」

「あんなに存在意義がないって、誰が決めたの?」

「それは、王族やその取り巻きの権力者とか」

「ふーん」


 日咲は寝転がったまま、天井を見上げて地下都市を思い浮かべようとした。

 しかし全く想像がつかない。

 きちんと整備された上下水道があって、火や光だって燃料を使って簡単に起こせる。王族や権力者なるものがいて都市を統治していて、その部類に当てはまらない人間は簡単に切り捨てられる。

 眼前に迫る、土で覆われた天井。


「息苦しいね、地下都市」

「え?」

「ここは、地上ではある意味平等だから。生命力っていうか、その思いが強い人間が生き残る。太陽の下では、すべての生命が平等なの……って、昔、友達のお姉ちゃんが言ってた」

「太陽の下では……でも、昼間は機人がいるって」

「だから太陽を取り戻したい」

「え?」

「いつか、太陽を取り戻して……人間として暮らしたい。今の私たちは、暗闇でしか生きることができない弱い生き物だから」

「…………」


 返す言葉が見つからない采加。黙っていると寝息が聞こえてきて、どうやら日咲は眠ってしまったらしい。

 もしかしたら、寝ぼけていたのかもしれない。最初の態度とは随分違っていた。


「……違うかも」


 ぽそっと、日咲を起こさない程度や声で采加がつぶやいた。

 日咲は人見知りなんだ、と海吏が言っていた。

 本当の日咲はよくしゃべる、願望を包み隠さない素直な子なのかもしれない。

 明日また話かけてみようと思い、采加は目を閉じた。

 そう思って采加もまた、目を閉じた。

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