34.暗闇の世界
間に合わせの隠れ家は天井に小さな穴が空いていて、そこから外の時間を推測できた。
穴から光が漏れている時は昼、なにも見えず真っ暗な時は夜。
一眠りし、目を覚ました日咲は穴から光が漏れていないことに気づき隣に目配せした。
先に起きていた采加と共に、天井を押し上げる。
「いっせーのーでいくよ」
「うん」
「「いっせーのー」」
「でっ」「せっ」
別々の音を使った語尾が重なったと同時、天井が開いて夜空が見えた。
月明かりが照らす夜の風景。
日咲たちが隠れていた穴のすぐ横に海吏が胡座をかいて眠っており、その向こうには横たわったままのレイラがいた。
「夜だね」
「うん、夜だ」
梟の鳴き声
風が揺らす木々
獣の這いずり
聴き慣れた音、見慣れた暗い風景が、妙に懐かしく感じた。
「昼と全然違うね」
采加の言葉に日咲は頷き、空を見上げた。
昼間と全然違う風景、まるで夢のような。
「夢だったらよかったのに」
日咲が視線を落とすと、肩を上下させて眠る海吏と、死んだようにうつ伏せるレイラの姿。
もしかしたら夢だったのではないか。海吏は疲れて眠っているだけで、一日寝たら、明日の夜になれば普通に目を覚ますのではないだろうか。
普通に起きて、食糧庫を確認して獲物をとってご飯を食べて。
いや、違う。
日咲は頭を振り、目を開けて現実を睨む。
その妄想は今の海吏を否定することに繋がる。会話をしたい、私のことを理解したいと言ってくれた海吏のことを。
一連の様子を黙ってみていた采加は、日咲がため息をついたところで手を握る。
「行こう、日咲。寝床探さないとだよ」
「……うん」
采加の手に引かれ、日咲は歩き出した。
失ったものは大きいけど、それで手に入れたものもある。
今この瞬間を、これからの未来を共に歩んでくれる人を大事にしよう、と。
日咲は采加の手を握り返し、横に並んで共に歩いた。
大樹の中、民家の天井裏、体感温度が低そうな岩場。
様々な場所を探したが、新しい寝床は見つからなかった。以前使っていた洞窟にはクマの親子が住み着いたみたいで、居住するのは無理そうだった。
「四十八時間は猶予があるって、海吏が言ってたよね?」
「あのレイラって機人? ……日咲、なに考えてる?」
結局、海吏が眠る側にある間に合わせの隠れ家で眠る事にした。
「新しい寝床探せって言われたのに、戻って来ちゃった。海吏、怒るかな」
「日咲は怒られないと思うよ。怒られるなら私だと思う。何故、主の寝床を見つけられなかったのか、おまえは何をしていたのか、って」
「あははっ、采加、海吏のモノマネにてる」
「笑い事じゃないよ」
ため息をつき、隠れ家の中に入る采加。
日咲がついてこないことを不審に思い、ひょこっと顔を出す。
「日咲? どうしたの?」
「ごめん、ちょっと、海吏に手紙書いておこうと思って」
日咲は指で地面をなぞり、
【ごめん、家見つからなかった】
と書き込んだ。
「うん、これでいいかな」
「伝言メッセージ。いいね、それ」
「でしょ? 私たち、生活時間がバラバラだから」
指の土を払い、日咲は海吏の顔を覗き込む。
目を覚ますと同時にメッセージに気付がついて、地面下の私たちを見つけて何を思うだろう?
怒るだろうか、それとも呆れるだろうか。
「どっちでもいいや、それが海吏なら」
自然と笑みが溢れた。
「おやすみ、海吏。また明日ね」
返事のない海吏に語りかけ、隠れ家に入り天井を閉じる。
*
翌日の夜、太陽が沈んだことを確認した日咲と采加が天井を押して外に出た。
しかしそこに海吏はおらず、レイラの姿もなかった。
「海吏?」
名前を読んでも出てくるはずがない。
穴から這い上り、手元を見ると地面にメッセージが書かれていた。
【 危機感が足りない
寝床は作っておいた
この伝言は確認したらすぐに消すこと 】
それは間違いなく海吏の字だった。
冒頭に怒りを表すマーク、そしてメッセージの隣には大雑把な地図が書かれてあった。山の麓に位置する場所に、【ここ】と書かれている。
消すのがもったいないと渋っていたら、横から現れた采加がメッセージを足で踏み潰した。
溢れる涙が頬を伝う前に拭い、地図で記された場所へ向かう。
徒歩二十分ほどでたどり着いたそこは岩の絶壁で、その一角にりんごが置かれていた。
りんごを退けるとガララッと岩が崩れ落ち、人が一人やっと倒れそうな広の穴道が現れた。
小さな穴道に身体をねじ込む。
入り込んだ瞬間から穴の奥に光が見えていたが、一メートルほど進んだところでその光が大きくなった。
前に居住していた時よりも広い空間、中央には電池式のランタン、きゅうりやトマトなどのすぐに食べれる野菜、りんごが二つ。
洞窟の隅には中には布団が二組置かれていた。
「なにここ、広い」
穴から這い出た采加が言う。
一人一つりんごを手にとり、笑い合いながら齧った。
だけどそこに海吏の姿はなくて。
「おいしいね」
りんごを頬張りながら涙を流す日咲の肩を、采加がそっと抱いた。
「お風呂入らないと……ご飯も、あと侵入者を撃退する武器もいるね。他にはどうしようか……海吏は帰ってくるのかな?」
ほとんど独り言の日咲の言葉を、采加は黙って聞いていた。
そして最後に日咲の頭を撫で、二人して眠りについた。




