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30.豹と仔猫


 レイラと向き合う采加。チラッと視線を外し、レイラの背後にいる海吏と日咲を見た。

 地面に倒れている海吏に、日咲が話しかけている。

 伝えれたかどうかはわからないが、海吏の無事は確認できたのだろう。

 日咲の表情が明るい。


「私は自分の仕事をやればいい」


 再びレイラと向き合う。

 艶やかな唇、露出が多いにも関わらず傷一つない絹のような肌、こぼれ落ちるかの様な胸と弾力のありそうな太もも。


「…………」


 ゴクッと息を飲み込み、自分の胸に目を落とした。レイラの半分もいかない膨らみ。

 いや、彼女はもう大人だから、いろいろ経験済みの大人だから。

 それにこんなのでも、日咲よりはあるから。

 ……日咲よりは大きいから!

 脳内会議の収集がつかなくなり、目を閉じて深呼吸する。


「……よしっ」


 再び目を開けると、物欲しそうな視線をよこすレイラと目があった。


「大丈夫よ、可愛いわよ」


 何のことかわからなかったが、レイラの視線が胸元にあることに気づき、慌てて両手で覆い隠す。


「な、なんの話……」

「子猫ちゃんも、大人になっていろんな経験をすれば立派になるわ」

「気にしてないから!」

「あら、あらあらあら、そうだった。あなた、今日ここで死ぬんだったわね。じゃあ、私とイロイロ経験しておく?」


 ふふふっと笑うレイラが、自分の胸元の布を指で掴む。


「ちょ、えっ?  なにしてるんですか?」

「んー、イロンナ経験?」

「なに言ってるの、頭おかしいよね、やっぱ!」

「あら、じゃあ今すぐに死ぬ?」


 レイピアの切っ先が采加に向けられる。

 采加は慌てて両手を振り、「ちょっと待って!」とレイラの気を引き止める。


「お姉さまに聞きたいこと、ていうか不思議な事があって」

「あら、何かしら?」

「どうしてすぐに、私たちを殺さなかったの?」


 その質問に、レイラは唇に指を当てて首を傾げる。


「えぇーっと、なんて言うか、機人って普通、人間を見つけたら即殺しにかかるものだと思ってたし、今までに出会った機人は皆そうだった。なのにどうしてお姉さまは落ち着いてるんだろうと思って」

「……ふふっ、面白い子ね。いいわ、少しお話しましょう」


 レイラは岩場に腰掛け、ニコニコ微笑みながら頬杖をつく。

 采加は表情を読み取られぬよう努めたが、やはり恐怖は隠せなかった。

 胸が高鳴る、震える指先を反対の手で押さえつける。


「私がどうして理性を保てているかって? その答えはね、私って美しいでしょ?」

「……え?」

「綺麗な身体してるでしょ? あ、顔が美しいのは前提として」

「えぇ、あ、はい」

「とても機人には見えないでしょ? 機人と言っても素材は全て自分の身体。他の弱い子たちみたいに、機械部品を使ってないの」


 言われて、采加は今までに出会った機人を思い出した。

 義足の機人、目に金属を埋め込まれた女型。

 いずれも身体の何処に人間のものではない人口部品が組み込まれていた。


「機人にも才能の有無があってね、私みたいに人間としても出来が良かった女は機人としても上質だったみたい。機人への改造手術の途中に身体の一部が損傷する事なく自身の身体のパーツで機人となれた。自分の身体を使えるってことは何よりの強みなの。例えばそうね、そこの枝を持ってみて?」


 采加は目線をレイラから離さず、足元の枝を拾った。


「その枝、半分に折ってみて?」


 不審に思いながらも、采加は両手の指で枝の先端を持ち、折ろうとする。


「あ、ダメダメ。片手で?」

「片手? え、難しい」


 親指と人差し指で摘んで力を入れるが折れない。指の間に絡ませて力を込めると、半分どころか枝は三本に別れて地面に落ちた。


「あらあら、上手。じゃあ今度は、その枝を元に戻して」

「…………え?」


 なにを言ってるんだと、采加はレイラを見上げる。

 レイラは表情を変えず、ニコニコ微笑んでいるだけだった。


「無理でしょ? じゃあ今度は指を追って」

「指を折る? 手を握るってこと?」

「そうそう、上手。はい、元に戻して」

「元にって……」


 手をグーパーさせながら、采加はレイラの意図が計りかねて首を傾げた。


「これがなに?」

「枝を折るのは大変だったけど、自分の身体なら簡単に出来たでしょ? 植え付けられたものより、自分の身体を動かす方が簡単だし、脳からの伝達も早い」

「……義足よりも自分の足の方が速く正確に動かせる、感覚があるから」

「あ、そうね、そんな感じ」


 クスクスと笑うレイラ。実践する必要はあったのか、というより例えがわかり辛い。とは思ったが声には出さず、采加はレイラの向こう側に目をやった。

 頭の上で両腕を広げ、丸印を作る日咲。

 目配せをし、采加はレイラに向き直る。


「よくわかった、ありがとう」

「あら、もう少しお話してもいいのよ、お姉さんイロイロ教えちゃう」


 濡れた唇を指で撫でながら、レイラは微笑む。

 先程の穏やかな笑みとは違い、その姿は妖麗だった。


「えぇー……じゃあ、どうしよっかな。えっと」

「あら、ごめんなさい。邪魔が入ったからまた後でいいかしら?」


 レイラの顔から一瞬、笑みが消えた。しかしすぐに表情を戻し、振り返って背後にレイピアを突き付ける。

 ガキィン、と金属のぶつかる音。


「あらあら、威勢がいいのね」

「……よく気付いたな」


 日本刀を弾き返された海吏が、宙を跳ねて近くにあった木の枝に着地する。

 服は破れ顔や身体に無数の傷があったが、目は死んでいなかった。



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