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29.太陽の下


 山を駆け下りる日咲と采加。

 しかし五分も走ってないうちに、日咲が立ち止まった。


「ごめん、采加。やっぱり私、海吏を置いていけない」


 日咲は踵を返し、来た道を戻り始める。


「えっ? ちょっと待って! 日咲!」


 采加は日咲を追い、すぐに腕を掴んだ。

 お互い汗ばんでおり、荒い息が森の中に響く。


「戻っても意味がないっていうか、邪魔になるだけって、さっき私いったよね?」

「そうだけど。でも、今の海吏じゃ勝てないと思う。たぶん海吏、あの機人のこと殺さないから。クマさえも殺さなかった、気にしてくれてたんだよ、私たちが言ったこと。簡単に命を奪っちゃダメって」

「そうかもだけど、でも機人は別でしょ? やらなきゃこっちがやられる」

「別ってなに? 機人と人間、なにが違うの? 機人って、人間の身体に機械を付随しただけの、本来は人間だった人でしょ?」

「そう、だけど」

「機人の正式名称、知ってる?」

「……超進化型人類、機械人間」

「海吏は機人だけど……私の中の海吏は、半分人間なの!」


 ざっと、踵を返しては走り出す日咲。

 采加は呆然とその背中を見つめ、こう思った。

 綺麗だ、と。

 太陽はとうに顔を出し、世界に色がついていた。

 夜じゃない、闇ではない明るい世界。

 暗闇でしか生きれない私たちは、光を知らなかったから。

 陽の下で揺れる髪の毛を、決意を胸に走る少女の背中を、知らないから。


「待って、ひなた……」


 手を伸ばすと、自然と足が前に進んだ。


「まって日咲、私も……私もいく!」


 手を伸ばして、足を踏み出した。

 雑草を踏みつける感触、風が顔にぶつかる音、木々の匂いに太陽の光。

 人間は弱い生き物だから、暗闇でしか生きることのできない私たちはこうして、誰かの背中を見つめないと……大切な人を、守りたいという強い気持ちがないと動けない。

 日咲の背中にはすぐに追いついた。

 目配せをして、日咲と采加は、今来た道を戻って海吏のところへと急いだ。



 *



「ねぇ、それってどういう仕組みなのかしら?」


 切り株に腰掛け、頬杖をついたレイラが退屈そうにいう。

 視線の先には、仰向けに寝転んでいる海吏の姿。

 全身に切り傷があるが、右膝の損傷が特に酷かった。関節の半分が千切れ、辛うじて繋がっている状態。神経が切れ、膝下の感覚が無くなっていてもおかしくない。


「推測だが、自動修復のプログラムが身体に組み込まれている」


 海吏はむくりと起き上がり、自身の右膝を見つめる。

 カチ、カチと脳の奥で何かの音がする。

 それに合わせて、血流が右足に向かうのがわかる。


 カチ、カチ、カチ


 まるで手品のように、千切れた血管、筋肉が伸びて損傷した部分が結合していく。


 カチ、カチ、カチ


 何処かで聞いたことのある音だと思ったら、時計の音だ。秒数まで読み取れるアナログ時計、集落に住んでいた頃、ミオ姉が大事にしていた時計。

 カチ、っと時計の音がやむと同時、千切れていた海吏の膝の上下が繋がった。

 皮膚は爛れて血が出ているが、血管やその他の細胞は元どおり。

 足に力を込めると、ふらつきながらも立ち上がることができた。


「機人にそんな機能があるなんて聞いたことないわ。それとも、貴方みたいな人間とたいして変わらないような機人には特別な能力が備わってるのかしら?」

「……開発者の違いだろ」

「開発者?」


 息を整えながら、海吏は日本刀を手に構える。


「俺を造った人は天才だった、それだけのことだ」


 地面を蹴り、空に飛び上がる。

 レイラ目掛けて刃を振り下ろすが彼女は表情一つ変えず、レイピアの先をピンッと動かした。

 途端、銀色のレイピアから稲妻が走り、海吏の身体めがけて龍のように飛ぶ。


「……っ」


 稲妻の蔓を、海吏は日本刀で受け止める。

 ビリビリと衝撃が走り、後ろに弾き飛ばされた。


「四回目」


 ニコッと微笑むレイラのレイピアが、海吏の脇腹を突き刺した。

 声も出なかった。

 海吏は吐血し、頭から真っ逆さまに地面に落ちる。ドシャッと鈍い音がして、今度はうつ伏せに寝転んだ。


「あなたさぁ、もう少し頭使ったら? 攻撃が単調過ぎるのよ。地味だし」

「…………」


 知るか、そんなこと。

 声が出なくて、力を振り絞って顔を上げる。

 目が霞んでいた、明るい、太陽の光が見える。

 綺麗だ、とそう思った。

 初めて日の下に出て外の風景を見た時、綺麗だと思ったんだ。

 だってそうだろう、暗闇でしか生きることのできない俺たちは、夜の黒い世界しか知らない。

 そんな暗い世界に色が付いたんだ。

 空の青

 緑の木々

 地面の茶色に芝生の緑

 稲穂がこれ程までに金色で、輝いているとは夢にも思わなかった。


「綺麗だね」


 日咲が言った。

 その言葉に、「うん」とだけ返した。

「そうだね、綺麗だね」と返すつもりだった。

 そのつもりで振り返った時に見えた日咲の顔が、今までで一番綺麗だったから。迂闊に言葉が出てこなくなってしまった。

 あの日、世界に色がついた。

 そして同時に世界を恨んだ。

 なぜ人間は、太陽の下で暮らせないのだろう。

 何故、いつから世界は、闇に染まった?

 俺はただ、太陽の下で笑う日咲が見たかった。

 あの笑顔を守りたかった。


「……返せ」


 腕の感覚がない、身体も痛い。

 だけど立ち上がることができた。どこから力が来ているかわからない。

 カチ、カチと音がする。

 あぁ、そうかプログラムか。

 倒さなきゃ、こいつを食い止めなきゃ、日咲が。

 感覚がないのに足が進む。もうやめてくれ、止まれって、身体が悲鳴を上げているのに、前へ。

 日咲を――…


「再び、太陽の元へ。光の下で、笑えるように。だから俺はまだ死ねない」


 身体が勝手に前に、前へと進む。

 あぁ、苦しい……死んだ方がマシかもしれないな、これ。だけど身体は止まってくれないんだな。



 ――ありがとう、姉さん。




 柄を握り直し、地面を蹴る。


「ふふっ、お馬鹿さん」


 突進してくる海吏に、レイラは矛先を向けた。くるくると先端を回し雷を落とす。

 弾け飛ぶ海吏の身体。

 いい加減飽きてきた、とどめを刺そうと立ち上がったとき、


「戻ってきたよ!」


 背後からの声に、レイラは動きを止めて振り返る。


「機人の最優先プログラムは人間を殺すこと、だよね? いるよ、ここに。あなたの獲物」


 レイラの背後、およそ十メートルの距離に采加が立っていた。


「……ふぅーん?」


 レイラは舌舐めずりし、海吏を一瞥する。傷口が開き、仰向けに倒れている。

 しばらく放っておいても問題はないだろう。

 攻撃を仕掛けてくるような事があっても、殺気なら察知できる。


「どうして戻ってきたのかしら? おバカな仔猫ちゃん」


 くるんと、レイラが身体ごと采加に振り返った。


「安心して、綺麗に殺して、たくさん可愛がってあげる」


 唇から垂れる涎を見て、采加は息を飲み込んだ。


「頭おかしいの?」


 呟いた言葉はレイラには聞こえなかったみたいで、少しだけ安堵した。





「かいり、海吏」


 聴き慣れた声に顔を上げると、日咲がいた。

 太陽を背に、顔を覗き込んでくる。


「大丈夫?」

「……ひ、なた?」


 逆光で顔は見えない。

 手を伸ばすと、指が絡まりぎゅっと握りしめられた。


「今ね、采加がね……」


 小さな声でボソボソと喋る日咲。声が遠くて、なにを言っているかわからない。

 そんなことより、顔が見たい。

 目が霞み、ぼんやりと景色が見えなくなる。

 眠い……あぁ、限界だ、これ以上無理だ。

 見えない。

 温かみのある右手の感触が唯一の救いだが、顔が見たかったな。

 太陽の下で色づく、日咲の姿がもう一度見たい。



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