28.繰り返す惨劇
微笑む采加と僅かに顔を綻ばせる海吏、ぎゅっと日咲の手を握り返す。
「主、俺も話がある」
「なに?」
「主がでて行く前、言われた事だが」
しかし途中で海吏は言葉を止め、空を見上げた。
不審に思った日咲と采加が上を向く、それと同時に海吏に頭を押さえつけられ、地面に突っ伏した。
「なにする……」
顔を上げた日咲と采加が見たものは、頬に切り傷が入っている海吏。
そして彼の見つめる先にいる金色の髪が美しい女性の姿。
「あらー? あらあらあらー?」
金髪の女性は木の枝に腰掛け、愉快そうに日咲たちを見下ろす。
長い、ウェーブのかかった髪がゆらゆらと揺れた。
「昨日、ログハウスの周りをうろついてた機人さんじゃなーい。あなたもあの付近に生息してる人間を探してたんでしょ?」
クスクスと笑みを浮かべる女性。その顔に、日咲と采加は見覚えがあった。
今朝、ログハウス二階のベッドで眠っていた機人だ。
お人形のような綺麗な顔、艶々の金髪、身体はほぼ裸の状態で、迷彩柄の布で胸と腰を包んでいるだけだった。
「昨日、ログハウスの周りをうろついてた機人?」
日咲の呟きに、海吏がちらっと振り返る。
「犬の置物……」
「え?」
「玄関前にあった犬の置物の向きを変えて、ここは危険だと警告していたんだが、気づかなかったか?」
「……えぇっ! あれ、海吏がやったの?」
「昨日からやってたんだが、主たちがあの家からでて行く気配がなく、今日もあそこで寝てたらどうしようかと思ってた」
「ええっ! 采加が気づかなかったら、ていうか私たちが洞窟に戻ろうって話ししなかったら、とか偶然が重なってあそこから逃げ出したんだけど」
「そうか、無事でよかった」
「ちょっと待って。海吏、あの近くにいたの?」
「屋根裏に住んでた」
「「えっ?」」
「洞窟に主たちの姿がなくて、もしかしたらと思って行ってみたらビンゴだった」
「……最初からバレバレだったの?」
目頭を押さえ、ため息をつく日咲。
海吏は不思議そうに首を傾げ、そして木の上にいる機人の女を睨んだ。
「あはっ、やっぱりなーんとなく人間の気配がして、ログハウスの中を探し回ってたの。昨日の夕方、お風呂に地下室を発見したときにはもう夕暮れで。ホントは今日、起きてすぐ殺す予定だったんだけどなぁ」
女は舌舐めずりし、日咲と采加を見つめる。
「んふふ、若ーい、可愛い。お肌すべすべ……私ね、若くて新鮮な女の子って大好きなの。あ、私の名前、レイラって言うの。子猫ちゃんたちのお名前は?」
たじろぐ日咲たちだが、海吏が前に立ってレイラの視線を遮った。
「……ふふっ、昨日からおかしいと思ってたのよね」
レイラは表情を変えず、微笑んだまま海吏を見る。
「あなた、私の行動を見張ってたわよね? 最初は同じ獲物を狙ってるライバルだと思ってたけど」
ふわっと宙を舞い、地面に着地するレイラ。
海吏は指をくるくると動かせ、急襲に備える。
「どうして人間を守ってるのかしら?」
ふふっと笑い声と共に、レイラの姿が消える。
日咲と采加が辺りを見渡すが、彼女の姿は見えない。
海吏は身動ぎ一つせず正面を睨み、やがて右足を踏み出して、手のひらから一メートル四方の盾を作り出した。
ガキンッ、と金属同士の擦れる音が響く。
「あらー、あらあらあら。強いのねぇ」
銀色のレイピアを握ったレイラが、盾に跳ね返されて後方に飛ぶ。地面に着地すると、レイラはレイピアを後ろ手で握り微笑んだ。
「機人の強さって人間らしさに比例するでしょ? ほら、私って綺麗だからとっても強いの。あなた、ほとんどの部分が人間ね、その身体どうしたの?」
「……姉に改造された」
「改造?」
「集落の人たちが、日咲の両親が殺されたとき思ったんだ、日咲を守る力がほしいって」
「……え?」
「みんなが死んで、二度とこんな思いしたくないと思った。だから頼んだんだ、俺を強くしてくれって。俺のプログラムはミオ姉が組んだものだが、それよりも強い俺の意思が反映されてる」
次の瞬間、海吏の姿が消えた。
瞬き一つする間も無く、今度はレイラの姿がなくなっていた。
「ひなた、上、うえっ!」
采加の声に天を仰ぐと、海吏とレイラが互いの刃を交えていた。
「ふーん、プログラムねぇ。あなたの場合、それが私たちと違うっていうの?」
「答える義務はない」
「あら? さっきまではお話ししてくれたじゃない」
「主に聞かせただけだ。おまえに話しする必要性は今、感じない」
右手の剣を身体に戻し、海吏は背中に抱えていた長刀を鞘から抜いて両手で構えた。
鍔の柄、そして刃までも漆黒に染まった美しい日本刀。
「あらー、あらあらあら、綺麗ねぇ」
ふふっと笑みを零しながら、レイラが宙で一回転しレイピアを掲げる。
太陽の光に反射して銀色の矛先が光り、シュルッと風が渦巻いた。
「でもごめんなさいね、私もその子たち欲しいの」
レイラは日咲たちを見て、頬を赤らめた。
「可愛い。捕まえて、綺麗に削ぎ取ってあげる。身体中舐めまわして、皮膚を剥いで贅肉を削いでゆっくり、ゆっくりと息絶えさせてあげるからね」
「……頭おかしいのか?」
目の前に現れた海吏が刃を向けるが、レイラは微笑んだままレイピアでそれを弾いた。
「機人の中ではまともな方よ。というより、思考能力があるぶん、その辺をうろついてる出来損ないよりも上質にできてるわよ」
「劣化品の間違いだろ」
「どうかしら、試してみる?」
くるくるっと、レイラがレイピアの矛先で円を描く。
不可解な行動に顔を顰める海吏だが、次の瞬間、その意図を理解して日咲たちのところへ舞い戻った。
バチィッ、と激しい落雷の音と光。
思わず目を瞑った日咲と采加。
再び瞳を開けると、背を向けた海吏が二人を守るように立っていた。
「なぁ、そこのおまえ」
海吏が顔をだけ振り返り、采加を見る。
「主を連れて逃げてくれないか?」
「逃げる?」
「海吏、怪我!」
叫声を上げた日咲が、采加を押し除けて海吏へと駆け寄る。
海吏の腹は真横に傷が入り、皮膚が抉れていた。
ボタボタと、地面に血が滴る。
「問題ない。俺の身体はいま、人間ではない」
「機人は人間でしょ、機械人間よ!」
「…………」
「だから海吏は人間なの!」
「……ありがとう、日咲」
ぽんっと、日咲の上に海吏の手のひらが乗った。
海吏の怪我が心配で日咲は気づいておらず、采加だけがそれを聞き取った。
機人になってからの海吏が、初めて日咲の名前を呼んだ。
しかし深く思考する間も無く、海吏が采加に視線を送る。
「抱えてでも引き摺ってでもいいから、主を連れて遠くへ逃げてくれ」
「ダメよ、海吏を置いていくなんて……」
「おまえだって、主を守りたいんだろ?」
「いや、わたし力弱いってさっき話したよね?」
「俺を抱えて歩いてただろ?」
「あれは火事場の馬鹿力っていうか」
「じゃあその馬鹿の力を今見せてくれ」
「馬鹿って言うなぁ!」
途端、海吏の表情が僅かに綻んだ。
「これを片付けたら行くから。今度はちゃんと、追いつく」
ぽんっともう一度、日咲の頭を押し、海吏が立ち上がった。
次の瞬間、海吏の姿が消え、気がつくと遠い場所でレイラと刃を交えていた。
「いこう、日咲」
「なに言ってんの、采加! 海吏が……」
「あの人なら大丈夫、前みたいなことにはならないから」
「なにを根拠に……」
「ていうか、私たちがここにいることのほうが、迷惑だと思う」
采加の言葉に息を呑み、ぐっと唇を噛む日咲。
海吏とレイラを一瞥したあと、采加と手を繋いで走り出した。




