表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/35

26.絶命の裁量


 山の向こう、雲間に隠れて太陽が姿を表す。

 それと同時に日咲と采加は洞窟の前に到着し、そして愕然とした。

 洞窟の入り口となる穴の前に、体長二メートルはありそうな黒いクマがうずくまっていた。茫然と眺めていると、穴の中から小グマが出てきた。

 大きい方は親だろう。

 のしっと身体を起こし、我が子を穴の中に追いやる。


「日咲、どうしよう」


 采加の目には涙が溢れていた。日咲は唇を噛み、熊を見つめる。


「子グマが出てきたってことは、中に人はいないって事よね。海吏、出て行ったんだ」

「どうしよう、ここ以外に隠れる場所あるかな?」

「少し離れたところに大樹があるけど、今動くのは危険すぎる」


 朝日が差し込んできた森の中は暑く、汗が首筋を伝った。


「采加、リュックの中にナイフあったよね?」

「あるけど……え?」

「クマくらいなら、私でも倒せる」


 采加のリュックから小ぶりのナイフを取り出して、胸の前に掲げる日咲。采加は慌ててその手を掴んだ。


「いやいやいや、クマってすごく強いって図鑑に書いてあったよ?」

「あんたが持ってる図鑑は、人間が堕落生活してた時代のものでしょ? 私のほうが強いと思う、たぶん」


 ジリっと足を踏み出す日咲。


「こっちに気づかれる前に心臓を刺せばいい。もし気づかれたとしても、クマくらいなら……勝てる、んだけど」


 ナイフを持つ日咲の手が震える。采加はその手を自分の両手で包んだ。

 目配せをした日咲が、ナイフを地面に落とす。


「同じだ、私……自分の身を守るために他の命を奪おうとしてる。海吏のこと、説教できる立場じゃなかった」

「それは、同じじゃないよ。あの人の場合は殺す必要なかったでしょ?」

「でも、もしここで私があのクマを殺したら、結果は同じことになる。理由はどうあれ、私は自分のために別の命を奪ったことになる」

「……じゃあ私がやる」


 日咲からナイフを奪い、采加はじっと熊のいる方向を睨む。


「バカ言わないで、采加にはできないよ」

「日咲にできるなら、私にもできる」

「采加は地底人でしょ?」

「そんなの関係ない。私だって日咲を守るって決めたの。だから、日咲のつらい気持ちは私が全部引き受ける」

「采加!」


 肩を掴まれ、采加は日咲と向かい合った。


「采加には無理だよ、だからやめて」

「でも」

「いなくならないでよ……采加まで、私から離れていかないで。本当に私が大切なら、私を守りたいなら、一人にしないで、ずっとそばにいてよ!」


 采加にしがみついて涙を流す日咲。采加は胸に熱くこみ上げるものを感じ、ナイフを持つ手を下ろした。

 守ろうと思った、守らなければと。

 海吏に代わって私が、彼がそうしたように今度は私が命をかけて。

 泣き崩れている日咲の姿が、海吏を失った日の彼女と重なった。

 あの日、機人に襲われた日、海吏の命と引き換えに日咲は助かった。

 その代わり、日咲の心は壊れた。

 泣いて泣いて泣き崩れて、そしてようやく修復する事ができた。


『采加がいたから』


 そう言って、日咲は笑ったのだ。


「そっか、私の責務は……」


 采加はナイフを床に置き、日咲の体を抱きしめた。


「ごめん、日咲。そっか、私がするべきことは、日咲の命を守るんじゃなくて……日咲の心を守ることなんだね」

「私の命を、守る?」

「だってどうやっても私は、身体的には海吏さんに敵わない。だけど日咲の心に寄り添うことは出来るよ。いなくなった海吏さんの代わりに、日咲を笑わせることができる」

「……代わりとか、そんなこと思ってない……そんなこと言わないでよ」


 ぎゅっと、日咲が采加の身体を抱き返した。

 朝日はすでに顔を出していた。

 暖かい日差し、明るい風景。


「このまま死んじゃってもいいかも」


 それは日咲が発した言葉か、それとも采加のものかわからない。

 涙で滲んだ采加の眼前に、親グマが覆い被さってきた。

 逃げることも、抵抗することも忘れていた。ただ日咲を抱きしめて、クマを見上げる。

 ちょうどその時、太陽の光を白い影が遮った。


「……うそ」


 タイミングが良すぎて、采加は目の前にいる人物の存在を信じることができなかった。

 不審に思った日咲が顔をあげて目にしたものは、


「こんな場所でなにしてる? ……主」


 淡々とした抑揚のない声、あいかわらず無表情を決め込む海吏の姿だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ