25.機人の気配
時計を取ってくる。
そういって日咲は地下部屋に戻った。
采加はログハウスの外で、見張りをしながら待っていた。
ふと、入り口にあるゴールデンレトリバーの置物が目についた。尻尾まで巧妙で、相変わらずよく出来てる。
初日にここに入ったとき、これと目が合って恐怖だった記憶がある。
そんな事を思い出しながら、ハッとあることに気がつく。
「目があった、よね?」
采加に背を向けて立つゴールデンレトリバー。初日に見たとき、今と同じ位置からこの置物を見たはずだ。
なぜこの犬はいま、私に背を向けているのだろう。
「おまたせ、采加。いこっか」
「……日咲、この犬の置物、動かした?」
「犬の置物? こんなのあったんだ。今初めて見た、触ってもないよ?」
「初日、私たちがここに来た時この子、こっち向いてたの。向きが変わってる」
「それって」
「誰かが動かした。私たちじゃない誰かが、この家の近くにいる」
さっと辺りを見渡す。
暗闇は静かで、梟の鳴き声が聞こえるだけだった。
「人がいる気配はなさそうだけど……あっ」
何かに気づいた日咲が、後退りログハウスの中に入る。ゆっくりと慎重に、出来るだけ足音を立てないように。
二階に続く階段を登り小部屋の一室の前で立ち止まった。日咲のあとを追っていた采加は、日咲の肩越しに部屋を覗き込み、思わず声をあげそうになった。
「機じ……」
しかし日咲に口を押さえられ、ぐっと堪える。
四畳半程度の小さな部屋、ベッドの上に髪の長い女が横たわっていた。歳の程は日咲たちよりも少し上、ウェーブのかかった金髪がベッドか落ち、床についていた。
布団の上からでもわかる胸の膨らみ、お人形のように綺麗に整った顔。
日咲は采加に目配せし、階段を下りるように指示した。無言で頷き、ゆっくりと足を進める。全身が硬直して、足を踏み外さないか心配だった。
階段を降りきり、ログハウスを出たところで日咲と采加は走り出す。
「やば……やばっ! 采加が気づいてくれなかったら殺されてたかも!」
「え、でも地下に隠れてたら安全だったんじゃない?」
「機人の洞察力なめないの! あんなところ、すぐに見つかるってか、もしかしたら見つかってたかも!」
「見つかってた?」
「人間の気配がしたから、あの機人はログハウスに住んでた……もしあのまま地下で寝てたら、今日の昼間、探り当てられてたかも」
采加の背筋に、ぞくっと悪寒が走った。
バタバタと山を駆け下りて、広場のある場所までたどり着いた。
海吏がいた時に食事場所としていた場所だ。
そこでふと、日咲か空を見上げ足を止める。
「おかしい、空が明るい」
雲の隙間から明かりが漏れている。
リュックに手を突っ込んで時計の針を確認すると、4の手前だった。
「日咲、どうかした? 日の出まであと一時間あるけど、急いだ方が……」
「違う、止まってる」
「え?」
「これ、時計止まってる。さっきも四時手前だった」
空を見上げる采加。ログハウスにいた時より、空も周りもだいぶ明るい。
「うそ、だって電池入れ替えたばかりだよ?」
「民家で拾ったものだからね、中古品だったとしてもおかしくない」
時計をリュックに詰め込み、日咲は再び走り出した。
采加も慌ててその後を追う。
向かう先は言わなくてもわかっていた、海吏と別れた洞窟だ。
あそこまで辿り着くことができたら、もし夜が明けてしまっても。
どくどく脈打つ心臓の音を聞きながら、ひたすら走った。
途中から手を繋いでいた二人だが、どちらから、いつ繋がったのかは覚えていない。




