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24.現実逃避


 采加が目を覚ますと部屋に明かりが灯り、ベッドに腰掛ける日咲と目があった。


「おはよう、采加。あんたいつも寝坊しすぎ」

「え、あ、ごめん」


 目を擦りながら、采加はサイドテーブルに置かれている時計の針を確認する。


「七時って、朝の? それとも夕方?」

「夜の七時。采加寝すぎ」


 クスクスと笑う日咲の表情は、昨日よりも柔らかく軽くなっていた。

 采加は笑みを浮かべ、ベッドから飛び降りる。


「じゃあ、今日は水浴び行こう! 昨日何もできなかったし」

「采加が寝てたせいでね」

「ごめ……いや、先に寝たのは日咲でしょ?」


 たわいない冗談を言い合い、部屋を後にする。川辺に着くと身体を洗うのも後回しに水の中に飛び込み、じゃれあって遊んだ。

 たっぷりとはしゃいだ後、服を脱ぎ捨てたまま大岩の上に寝転ぶ。


「空、綺麗だね。図鑑で見た星空と一緒だ」


 采加の言葉に、日咲は空を見上げたまま頷く。


「図鑑よりも綺麗でしょ?」

「うん……あ、もしかしてあれが北斗七星?」

「そうだね。柄杓の先端から伸びたところにあるのが北極星、その向こうにあるのがカシオペヤ座」

「うーん、難しいなぁ。オリオン座ってどれ?」

「オリオンはこの時期には見えないよ。もう少し経たないと」


 空を見上げていると、心が透き通る様だった。


「ありがとう、采加」

「……ん? ありがとう?」


 日咲の方に向き直り、首を傾げる。日咲は仰向けのまま、目線だけ采加に向けた。


「采加がいなかったら私、今こうして笑っていられなかった」

「……うん」


 返事はするが、思いは複雑だった。

 日咲の言葉は有難いし、素直に嬉しい。だけど、日咲をこの状況に追い込んだのは自分なのだ。

 あの時、海吏が助けに来なければ日咲は一人ぼっちになんてならなかった。日咲はその事実に気付いてないだけで、冷静に考えたらきっと。


「私は日咲と、一緒にいられないんだろうなぁ」


 小さく呟いた言葉は日咲には聞こえておらず、「なにか言った?」と聞き返された。


「ううん、何でもない」


 かぶりを振り、タオルで頭を拭く。


「夜は短いんだから、早く行かないと」

「采加のくせに生意気!」


 ケラケラと笑う日咲が、采加のタオルを取り自分の髪を撫でた。

 一枚のタオルを奪い合いまたじゃれつく。

 そうこうしているうちに零時を回り、慌てて食事を探した。川から近いところに西瓜がなっていて、半分に割ってかぶり付いた。


「お風呂入る前に食べておけばよかったね」の采加の言葉で、再び川に入って顔を洗うことになった。

 遊び回り、ログハウスに戻ったのは午前四時。

 地下室に入ると同時、二人してベッドに飛び込んだ。


「疲れた、眠い!」

「日咲、はしゃぎすぎだよ」

「采加の方から仕掛けて来たんでしょ?」


 そこからまた脇腹のくすぐり合いが始まり、いい加減疲れて眠りに入ったのは午前五時だった。

 本当に疲れていたようで、目を閉じてすぐに意識を手放した。



 次の日の夜、以前使っていた食糧庫に干し肉を隠していたことを思い出した日咲は、采加とともにそこへ向かった。

 肉とイモを焼いて食べ、再び川に飛び込んで遊んだ。案の定、身体が疲れてログハウスの地下部屋に戻ると同時に眠りにつく。

 そして海吏と別れて三日目の夜。「行きたい場所がある」と言って、日咲が向かった先は森林の奥、シロツメグサが生茂る原っぱだった。

 その一箇所だけ木樹がなく、欠けた月の光が二人とシロツメグサの花畑を照らした。


「采加、お姫様みたい」


 冠を作った日咲が、采加の頭にそれを乗せて微笑む。

 采加は照れながらも、「ありがとう」とお礼を言った。

 野苺を食べて昔話をして、遊び終わる頃には星座の位置がだいぶ動いていた。

 今日は時計を忘れたので、星座の位置と日咲の体内時計で日の出時刻を計算するしかない。


「ねぇ、日咲。話があるんだけど」


 ゴロンと寝そべる日咲の顔を覗き込みながら、言う。

 日咲は「んー?」と気の抜けた返事で、自分で作ったシロツメグサの腕輪を眺めていた。


「日咲、本当は気になってるよね? あの人を置いて来たこと」


 日咲の体がピクッと跳ねる。

 視線はシロツメグサに向けたまま、話を続ける。


「あの人って、海吏のこと?」

「気を紛らわせたいって気持ちはわかるけど、ずっと遊んで過ごすわけにはいかないでしょ?」

「……明日からはちゃんと、ご飯作ったり探索したりするよ」

「帰ろう、日咲。あの洞窟に」

「うーん」

「ちゃんと話ししないとダメだよ。今のままじゃダメ」

「うん、でも……」


 日咲の歯切れは悪い。服の裾を掴んだり目線を空に向けたりして悩んだ末、「あのね」と話を切り出した。


「今はまだ、なにを話していいかわからない」

「それは会ってから考えればいいでしょ?」

「……あの海吏とまともな会話が出来るかわからないし」

「それは確かに。感じ悪いよね、理屈っぽくてこっちのこと小馬鹿にしてる感じで」

「それもあるけど、私、また酷いこと言ってしまいそうで」


 日咲はぎゅっと、両手で服の裾を掴む。


「海吏なんかいらないって、言っちゃったから」

「え、そこ? 日咲は悪くないよ、向こうが自分勝手に振る舞ったんだから」

「そうだけど、でも! ……あれは、言っちゃいけない言葉だったと思う。いなくなって欲しいなんて、思ってないのに」

「それなら謝らなきゃ、謝りに行こう?」


 日咲の左手を握ると、ようやく視線がぶつかった。


「大丈夫、私がそばにいるから」


 ぎゅっと、握っている手に力を込める。

 しばらく考えたあと、日咲が微笑んだ。


「ありがとう、采加」

「うん」


 もう何度目のありがとうだろう。

 日咲からその言葉をもらうのは嫌いじゃない。

 嬉しい。

 だから、その言葉を貰うに見合うだけのことをしよう。

 そう思って、采加はあの場所に戻る決心をした。


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