23.新居
「さいか……采加!」
「……う、えっ?」
後頭部に強い衝撃を受け、采加は慌てて起き上がった。
「あれ、日咲?」
「おはよう」
「おはよう……ねぇ、日咲、頭痛いんだけど」
「起きないから叩いた」
「へぇー、そっか」
ボーッと当たりを見渡す。
目の前には不機嫌な顔の日咲、壁にもたれて眠る海吏。
時計の短針は、9の位置。
血塗れの男の死体は、綺麗に片付けられていた。
「もう夜? 外行かないと」
「うん、新しい寝床探そう」
「……え?」
一瞬にして目が覚めた。
采加は慌てて立ち上がり、出入り口の穴に向かう日咲の後を追う。
「新しい寝床? あ、そっか。目星はたくさんあった方がいいって言ってたね」
「ううん、そのまま移住する。もうここには帰って来ないから、荷物まとめて」
「え? ……え?」
「あ、時計忘れてた」
リュックに時計を詰め込む日咲。その傍らには焼いた肉やニンジン、キャベツなどが乗った木皿が置かれていた。
海吏が昼間、日咲のために用意した食事だろう。
「日咲、もう帰って来ないって」
「そのままの意味。準備できた? 行くよ」
「でも出口塞ぐって言ってたから、出れないんじゃ」
「大丈夫、やめさせたから」
「やめさせた?」
日咲の目線を追うと、出入り口の穴があるところの地面に
『水浴びしたい 出口塞いだら舌かんで死ぬ』
と書かれていた。
「……すごいね、日咲」
「賢いって言ってくれる?」
足で地面の文字を消し、日咲は穴の中に潜り込む。
「あ、待ってまって!」
自分のリュックを持ち、地面に膝をつく采加。
背後を振り返ると、目を閉じたまま動かない海吏の姿があった。
後ろ髪をひかれながらも、日咲の後を追って外に出る。
外は暗く、雲はないのに月は見当たらなかった。
「実はさ、目星のとこあるんだよね」
懐中電灯を片手にスタスタと歩く日咲。その横顔を見つめながら、采加は日咲について歩いた。
木々が生茂る山道をひたすら歩き、二十分ほどしたところで開けた場所にたどり着いた。
整備された道路に、家庭菜園が行われていた様な庭、その先にログハウスが一軒。
「危険だから、あまり長居出来ないんだけどね」
土足でログハウスの中に入に入る日咲に続き、采加も足を踏み入れる。
入口にゴールデンレトリバーの置物があって、驚いて声を出してしまった。
ただの置物なのにこちらをじーっと見つめている気がして、采加はそれにお辞儀を一つして家の中に入った。
古びた外観以上に内装は汚かった。床に散乱した生活用品、傷だらけの柱とカビの生えた壁紙。
日咲と采加は物の合間を縫って進み、風呂場にたどり着いた。
「お風呂入るの?」
顔を綻ばせて尋ねる采加に、日咲は呆れた様に振り返る。
「どうやって水持ってくるのよ? お湯だって沸かないし」
日咲は再び浴槽に向き直り、風呂釜の両端を掴んだ。
「んっ!」と力を込め、風呂釜を持ち上げる。
手伝おうとした采加だが、自分が邪魔だと気づき、後ろに下がって様子を見守る。
外れた風呂釜を脇に置き、日咲は浴槽があった場所を確認する。
そこには地下に繋がる階段があった。
「え、なにこれ?」
「地下シェルター、かな? 金持ちが何かのためにって作ってたんでしょ」
額の汗を拭いながら日咲は階段に足をかけ、慎重に降りていく。
「えぇー、すご……すごーい」
感心しながら階段を降りる采加。壁までも土ではなくコンクリートで出来ており、きちんと設計された建築物だとわかる。
十段ほど降りたところで、鉄の扉の前にたどり着いた。
「鍵は最初から付いてなかった」
日咲がドアノブに手をかけると、カチャリと音がしてドアが開いた。
中に入ると六畳ほどの小さな部屋に冷蔵庫とカセットコンロが一つ、大きめのダブルベッドが置かれていた。
「……なにここ、普通の部屋!」
目をキラキラさせながら見渡す采加に、日咲はその脇腹を突く。
「悪かったわね、普通の生活させてあげれてなくて」
「え、あ! 違うの、日咲との生活は楽しいけど、洞窟に寝泊りとか」
「まぁ、普通の部屋はだいたい機人に目をつけられてるからね」
リュックを床に下ろした日咲がベッドにダイブする。
ぶわっと埃が舞ったが、それよりも布団の柔らかい感触が気持ち良かった。
「日咲、寝るの?」
「んー?」
ゴロゴロと寝返りをうつ日咲の手を、采加が握りしめる。
「私たち、ここで暮らすの?」
「しばらくはね、他の居住場所の目星が着くまで。地下の隠し部屋っていっても、民家の中は機人に狙われやすいから」
手を繋いだまま目を閉じる日咲。
その寝顔がとても綺麗で、采加はそっと日咲のまつげに顔を近づけた。
「寝てもいいよ?」
「んー……うん、ダメだよ。いろいろ持って来なきゃだし、とりあえずドア閉めて階段隠さなきゃ」
そう言いながらも日咲は起き上がらず、やがて手の力が抜けて小さな寝息が聞こえてきた。
「疲れるよね、そうだよね」
繋いだ手をぎゅっと握りしめ、采加は日咲の手の甲に唇を当てた。
日咲が完全に寝入ってから階段上にある風呂釜で入り口を隠し、鉄の扉の内鍵を閉めて自身も眠りにつく。




