20.義務と衝動
時計の針を気にしながら行動し、午前三時半には洞窟に戻った。
少し早い時間だが、時計が絶対に確実なわけではない。
だから早めに行動した方が良い。
「前は身体が時間感覚掴んでたから、それに従って行動してたんだけど。しばらく引きこもってたし、寝不足で体内時計狂ってる」
そういう日咲の目は寂しそうで、淡々とリュックの中を整理した。
無言で海吏が隠れているシーツの前にトマトを置き、持ってきた電池を整理しようとした時、出入り口の穴に人影がみえた。
「うわっ、何だここ。穴場じゃねーか!」
現れたのは、二十代後半と思われる男。その男が穴から這い出ると次いでもう一人、彼と同年代の男が洞窟に入ってきた。
一人は中肉中背で、もう一人は痩せ型の男。
二人ともボロボロの茶服をまとい、顔の髭がだらしなく生えている。
「ここなら機人にも見つからねぇな」
中肉中背の男はあご髭をさすりながら、洞窟内を見渡す。
そして日咲と采加に目線をやり、いやらしく微笑んだ。
「お嬢ちゃんたち、ここに住んでんのか?」
「……そうですけど」
答えたのは日咲だった。
一歩前に出て、采加を自分の陰に隠す。
「ふーん、俺たちもここで暮らすからよろしくな」
「ちょっと、なに勝手に」
「采加、黙って」
手で制され、采加は日咲を見つめた。冷めた目で男たちを睨む日咲。
采加は地上人を知らない、日咲には日咲なりのやり方があるのだろう。
黙って行く末を見守る。
「対価は?」
「はぁ? 対価?」
「私たちの後をつけてここに来たんでしょ? 私たちがいなければ、あなた達はこの場所を見つける事が出来なかった。先住人の私たちに奉じるのがルールでしょ?」
「ルール、ねぇ……」
男は無遠慮な視線で、日咲の全身を舐め回す。
「今時そんなもん守ってるやつなんていねぇよ。つーか、女二人だけのおまえらの後つけたってとこで察しろよ!」
男が日咲の腕を掴む、と同時、入り口にいたもう一人の男が采加に飛びかかった。
「なにする……」
「女しかいねーのに集落入らないとか、バカとしか言いようがないだろ」
「自業自得だよ! 助け呼んだって、どうせ誰も気づかないだろ」
押し返そうとする日咲だが、相手の男の力は強かった。
信じられないほどに、全く歯が立たない。
男は日咲の顔を地面に押さえつけ、胸元に手をやった。
「うそ……やめっ」
抵抗できない日咲の脳裏に今までの経験が蘇った。
対人戦なら海吏とやってきた、力には自信があった。レベルの低い機人なら逃げきれるとまで言われた、日咲は強いよと。
だから人間の男と対峙しても大丈夫、一人で太刀打ちできると思っていた。
「……甘やかされてたんだ」
すごいよ、日咲は強いよ、と言われ続けて育った。
どこまでも私に優しくて、甘い海吏。
その言葉で、偽りの鎧を身にまとって。
盾となってくれていた彼がいなくなった私は、なんて無力なんだろう。
人の手で服が破れるなんて知らなかった。
露わになって涼しくなった胸元。
どうしていいかわからず、涙が流れた。
無理だ……
むり、無理無理無理。
嫌だ、いなくならないで側にいて
助けて、私を守って
「かいり……助けて、海吏!」
瞬間、男の背後で白い布が舞った。
それはひらひらと旗めき、隙間からキラッと銀色の刃が覗いた。
スパンッ、と、軽快な音が響いた。
天井にぶつかって反芻する音。
それを打ち消すかのように鈍い落下音が日咲の耳を打った。
「……海吏」
飛び散った血が目に入ったが、瞬きしただけで閉じることは出来なかった。
仰向けに寝転んだまま身動き出来ず、目の前の光景を見つめる。
視界の脇では、男に腕を掴まれている采加の姿。
男も采加も、呆然と彼を見つめていた。
ツーっと、日咲の頬を涙が伝い顔についた血を洗い流した。自分のものではない、目の前の首がない男の血。
男の肩越しに、右手を剣に変えた海吏が立っていた。
「呼んだか、主」
海吏の姿は驚くほど綺麗で、地面に落ちたシーツが真っ赤に染まっていた。そのおかけで、海吏自身は汚れずに済んだのだろう。
グシャリと、首の切れた男の胴体がシーツの上に崩れ落ちる。
「う、わぁああ!」
最初に動いたのはもう一人の男だった。采加から手を離し、地面を這うようにして出入り口の穴に逃げ込む。
男を睨む海吏だが、日咲の「やめて!」の言葉に動きを止め、剣を人間の腕に戻す。
「どういう状況だ?」
向き直り、抑揚のない声で淡々と尋ねる海吏。
日咲はビクッと身体を震わせ、起き上がって胸を隠した。
「どういう、状況だった?」
不機嫌な声の海吏が聞くが、日咲は答えず下を向いた。
足元に転がる首と目が合い、ギュッと瞳を閉じる。
「なにがあった?」
日咲への尋問を諦めたのか、海吏は采加に目を向けた。
衣服がボロボロの日咲とは違い、采加は無傷だ。
「えっと……後をつけられてた、みたいで、あの人たちが入ってきて、この場所で暮らす、とか」
「ここで暮らす? 対価は?」
「そんなルール、今どき守るやついない、とか」
「……まあ、そうだろうな」
面倒臭そうに首を鳴らす海吏の視線が日咲に戻る。無言で床に落ちたシーツを拾うと、海吏はそれを日咲の身体にかけた。
びくっと、日咲の肩が跳ねる。
真っ赤なシーツは濡れていて、鉄くさくて不愉快だった。
「朝が来たら俺が外に行く。主たちはもう外に出なくていい。……寝る」
それだけ言うと、海吏は壁に背をつき眠りに入った。
静かになった洞窟に、海吏の寝息と日咲と采加の息遣い。
少し離れた場所で様子を見守っていた采加が、チラリと地面に目をやる。
首と身体がバラバラになった見知らぬ男。
先に手を出したのは向こうだ、同情する気はない。
だけど。
「ねぇ、日咲」
采加の声に、日咲は顔を上げる。
「日咲の声に反応して、起きたんだよね? 日咲を助けなきゃ、って意識が混沌としている中で、身体が勝手に人を殺した、って感じだったね」
先ほどの海吏の行動についてだろう。
第三者からはそう見えていたのかと、日咲は下唇を強く噛む。
「例えば、もし、なにかの拍子で私が日咲に害を加えて……そこに悪意がなくても、日咲が危機を感じて助けを求めたら……私、殺されちゃうのかなぁ?」
はっとした日咲だが、声は出なかった。
目線があうが、沈黙に耐えきれなくて日咲は下を向く。
「ねえ、日咲。この人、本当に海吏さんかな?」
日咲は答えず、采加は諦めてずりずりと後退した。日咲からも、海吏からも距離を置いて、それぞれ遠い位置に座る。
時計を見ると短い針が5に近いところにあった。




