2.機人ー機械人間
三人が着いたのはのは山の麓の小さな空き家。ドアのない玄関をくぐり、土足のまま家に上がる海吏の後を追う采加。
戸惑ったが、靴を履いたまま畳を踏んだ。
「今からご飯作るところだったんだ」
海吏は和室の奥で立ち止まり、足元にある畳を持ち上げる。
「そこにある箱とってくれる?」
畳を持ったまま目線だけ下に向ける海吏。そこには三十センチ四方の段ボールの中に敷き詰められたイモとタマネギがあった。
身体ごと乗り出し、采加は指示されたものを取り出す。
「ありがと」
海吏は慣れた手つきで畳を戻し、段ボールを担いで和室を出る。采加は慌ててその後を追った。
「食料は隠しとかないと、昼間に食べられるんだ」
「食べられる?」
「機人に」
「え、機人って食料を必要とするんですか?」
「元が人間だからなぁ、今となっては化け物だけど」
「海吏さんは、機人に会ったことあるんですか?」
「ないない。ていうか機人と遭遇するって事は死ぬのとほぼ同等だから。いやでも、見たことはあるかな」
意味を含んだような言葉に首を傾げる采加だが、海吏が別の話を始めたので問いただすことは出来なかった。
機人……正式名称、『機械人間』
生身の人間に無機物を加えて身体の組織を強靭なものに作り替え、何もない場所から自由自在に武器を生成することの出来る機械人間。
肌が溶けて金属が露出しているロボットのような者もいれば、人間と見間違えないほどの容姿を持つ機人もいる。
なぜか太陽の下でしか活動できず、夜間は静かに眠っているという。
地下で培った知識を思い出しながら、采加は海吏の後に続いて歩いた。
あぜ道を通り、森をくぐり抜け、広場になっている場所にたどり着いたとき、海吏は段ボール箱を地面に下ろした。
傍には歪な形の薪が数本、トマトとキュウリの入った袋、水が滴る鍋。
「結構集めたな。ひなたー、近くにいるー?」
口元に手を当て大声を出す海吏。
「もういいから、作り始めるぞー」
四方八方に向かって叫び、しゃがみ込んでポケットからマッチを取り出す。
「地下ってさ、どうやって火を起こすの?」
「え? えっと……」
突然話題を振られ、采加はしどろもどろに話す。
「火は普通にライターでつけます。ご飯を作るときは電気コンロっていうのがあって、鉄板が熱くなるからその上で水を温めたり」
「へぇ、三年前から変わってないんだな」
マッチを擦ると火が起こり、それを薪束に放り込む。
油を数滴足すと、火は勢いよく燃え上がった。
「火の起こし方、わかった?」
「え? ……え?」
「いま、火の起こし方のレクチャーしてたつもりだったんだけど」
呆けていた采加だが、慌てて海吏の手元と燃え上がる炎を見比べる。
やがて山菜を抱えた日咲が戻ってきて、無駄になったマッチの山を見てため息をついた。
*
温めた鍋の水にイモとタマネギ、山菜を投入してしばらく煮る。味付けは海吏の担当、日咲と采加は先に水浴びしていいと言われ、広場から下ったところにある川辺に向かった。
「タオルは私と共用だから、後で貸す」
服を脱ぎ捨てながら日咲が言う。彼女の身体、真っ白な肌の至る所に無数の傷があった。
「こんな生活してたら、怪我くらい普通にするから」
日咲の言葉に、采加は慌てて視線を逸らす。
「地下って気温が安定してんでしょ? 空調設備ってのがあって、年中快適なんだっけ?」
「……地上は暑いですね」
「夏になるからね、もう少しで」
ピチャンと水面が揺れ、日咲の体が川の表面に映し出される。
空に浮かぶ月も相まって、とても綺麗だった。
「日咲さんは、私のこと迷惑ですか?」
その言葉に、日咲は顔だけ振り返って采加を見つめる。
「海吏さんが言ってました、地上には地下都市の人間をよく思ってない人間もいるって。日咲さんは……」
「地底人」
言葉を遮り、日咲が言った。
ゆるりと身体ごと、采加に向き直る。
「私たちはあんたたち地下都市で暮らす人間のことを、地底人って呼んでる」
「あ、そう……なんですか」
「ぽやっとしてるね、あんた」
日咲はため息をついて川から上がった。岩場においていたタオルで髪を撫でる。
「地上の事どれくらい知ってる?」
「え? っと、まず五十年以上前、人体実験が容認されていた時代に人間と武器を融合させた機械人間、いわゆる機人が開発されて、家事や単純な仕事は機人がやってくれる便利な生活が始まって、人々の生活は機人ありきになってたんだけど」
「ちょっと待って、そんな大昔の話から?」
「え? 知ってることを話そうと思ったんだけど……あ、じゃあ私が生まれた時の話を」
「あんた、海吏以上に説明が下手。もういいや、さっきの機人が開発されたところからでいいよ」
呆れたようにため息をつく日咲。采加は戸惑いながらも、地下で習った世界の歴史について語り始めた。
「二十年前、機人の数体が人間を惨殺するというバグを起こし、それはすぐに感染爆発して全ての機人が人間を襲うようになった。そして一年も経たないうちに、人類の七割が世界から消えた」
「へぇ、そうなんだ。人類の七割が消えたことは知らなかった。二十年前は、もっとたくさん人がいたんだね」
「そこからは、知ってると思うんですけど、残った一部の人類が地下シェルターに逃げ込み、地下千メートルに地下都市を創造した」
「知ってる。地下シェルターに逃げ込んだのは王族や富裕層とそのお仲間たち、そして地下都市建設に有益と認められた一般人だけ。私たちの親とか、ほとんどの人は地上に取り残された。そういえば、あんたの親はどうして地下に行けたの? 追い出されたってことは上位層じゃないわよね?」
「うちの親は昔プログラマーだったみたいで、コンピュータを管理するのに適してたとかで。昨年、病気で還らぬ人になったけど」
言葉尻が小さくなる采加を、日咲はちらっと窺った。下を向いて服の裾を握りしめている様を見て、日咲はゆっくりと歩みを進めた。
「私と海吏は同じ集落で暮らしてたんだけど、私が八歳のとき、機人の夜間襲撃にあった」
「夜間襲撃?」
「機人は通常昼間、太陽の下でしか活動できない。夜は全ての機人が眠りにつくの。そして睡眠状態にある機人には絶対に手を出してはいけない。覚えておいて」
「もし、手を出したら?」
「指一本でも触れたら、機人は目を覚ます。機人は人間を見つけたら容赦なく殺しにかかるから、機人と目が合うってことは死を意味する」
「日咲さんたちの村は……」
「普段なら機人が夜に現れることなんてないから、夜間襲撃はみんな油断してる。あっという間にみんな殺されて生き残ったのは海吏と私、そして海吏のお姉さんだけだった。機人の暴走って、どうして起こるかわかる?」
「眠ってる機人に触れるから、ってさっき」
「睡眠状態にある機人に手を出すバカは地上にいない。機人が夜に目を覚ますときは大抵、地底人がいる。研究だか何だかって言ってるのを聞いたことがある、バカな地底人が夜中に機人を刺激してるの。私の両親は、研究者ぶった身勝手な地底人に殺された」
目線を逸らし、立ち上がる日咲。
采加は言葉が出ず、日咲の目を見つめていた。
「水浴びすれば? 海吏待ってるし」
その言葉に、慌てて服を脱いで川に入る。想像以上に冷たい、身震いしながら采加はギュッと唇を噛んだ。
「ごめん、なさい」
呟いた言葉は、川辺で衣服を整えている日咲には届かなかった。




