19.神様の涙
外に出ると空が曇っていて、月も星も見えなかった。
「明日雨降るかなぁ」
懐中電灯をつけながら日咲が言う。
采加は空を見上げて、首を傾げた。
「雨?」
「あー、そっか。地底人だったね、あんた」
「失礼な、雨くらい知ってるよ。神様の涙でしょ?」
「神様の涙?」
「絵本で読んだの。神様が泣いたら、地上に雨が降るって」
「……そうよね、あんた地底人だったね」
「えっ、なにかおかしかった?」
「あんたの頭がおかしい。どうでもいいから行くわよ」
呆れたようにスタスタ歩く日咲の後を、不思議そうに首を傾げる采加が追う。
昨晩の蒸し暑さが嘘のように、涼しい夜だった。
明日は探索しなくていいようにと、食糧庫に隠していたトマトとキャベツを采加のリュックに詰め込み、日咲の方には電池などの生活用品を詰めた。
「食料もう少し補充したいな。バランス悪いし肉か魚か……魚は、私やったことないから無理だな」
ため息をついて思考を巡らせる日咲。その横顔を采加は心配そうな表情で見つめた。
「じゃあお肉、お肉たくさん食べよう!」
「うーん……獲物がすぐ見つかるとは限らないし、なにより今日は時間がない。でも、海吏に栄養のあるもの食べさせたいな」
再度のため息が、足音の合間に響く。
「……あの人、本当に食事いるのかな?」
采加の言葉に、日咲は立ち止まって振り返る。
采加は歩いていなかった。リュックの紐に手を当て、視線を逸らしながら言う。
「機人に栄養とか、必要なの?」
「必要って昨日話してたじゃない。なに? 海吏の食料調達するのがいや?」
「そうじゃないけど……ねぇ、日咲」
次の言葉をいうべきか采加は迷った。
「あのね、言いにくいんだけど」
悩んだ末、采加は下唇を甘噛みし、顔を上げた。
「わたし、あれは海吏さんじゃないと思う」
ざあっと、分厚い風が二人の間を通り抜けた。
その音が止んだところで、日咲の方から視線を逸らす。
「なに言ってんの、急に」
「だって海吏さん、死んだじゃない」
「だからそれは、プログラムで生き返ったって」
「死んだ人は生き返らないよ!」
「…………」
「生き返らない」
睨みつける日咲の視線。
しばらく見つめあっていたがやはり、日咲の方が顔を背ける。
「正直、私も混乱してる。性格も全然違うし。でも……でも、あれは海吏だよ? 顔だって同じだし、私との思い出もある」
「顔が同じだからって、同一人物なわけじゃ」
「ごめん、采加!」
日咲の大声が、采加の声を遮った。
「あれは海吏だよ……海吏なの。こんな話、時間の無駄よ、いこう」
踵を翻して歩き出す日咲。采加は仕方なしに、日咲の後を追う。
わかっている。
日咲が認めない、認めたくないことは。
海吏は死んでいない、そう思いたいのだ。彼が偽物だなんて思いたくない、失うつらさをもう経験したくない。
例えそれが、不確かで曖昧な存在だとしても。
「……わかってる、だから私は日咲の側を離れない」
本物の海吏から託された、日咲を守ってくれと。




