15.プログラム
海吏は冷めたような瞳で足元に転がる女の機人を見下ろし、その身体に日本刀を突き刺す。
「主に対する脅威の排除、完了」
キュインと機械的な音を立て、海吏は手に持っていた日本刀を消した。
言葉通り一瞬で、海吏の手元から刀が消えたのだ。
そしてちらっと、日咲のほうに目線を送る。
冷たい視線に刺され、日咲はひゅっと息を飲んだ。
「なぜ、ここへ逃げ込んだ?」
抑揚のない淡々とした喋り方だが、その声は確かに、海吏の声だった。
答えない日咲と采加を置いて、海吏は話を続ける。
「昼間、機人の活動時間に隠れ家に逃げ込むのは、最善とは言えない。後をつけられて、すぐに捕まる」
話の途中でガバッと起き上がった女機人の身体を、海吏は右手一つで地面に押し戻す。ぐしゃっと機人の身体が潰れ、地面に血が滴った。
海吏の目線は、日咲に向いたまま。
「そもそも昼間、太陽の元に出るのは推奨しない。だがそのおかげで発見する事が出来たから、咎める気はない」
淡々と喋っていた海吏が、地面に片膝をついて日咲に頭を下げた。ズボンの膝部分に血が染み込むが、海吏は気に留めていない。
「無事でよかった、我が主」
そう声を発したあと、海吏は片膝をついて顔をあげようとしなかった。
なにをどう、解釈すればいいんだろう?
日咲、そして采加も思ったことだった。
状況がわからない。
だって目の前の男は明らかに機人で。でも海吏の姿をしていて。
海吏が機人の能力を持っているなんて、あり得ないのに。
「どうして……」
日咲と采加が呟くのが同時だった。
海吏は不思議そうに首を傾げたあと、チラリと出入り口に目を向けた。
「邪魔が入らないようにしていいか?」
「え?」
返事も待たず、海吏はボーリング玉のような球体を作り、出入り口の穴を塞いだ。
ポカンと口を開けている日咲と采加に再度、振り返る。
「これで他の機人は入って来れない。と言っても、この辺りに機人の気配はなかったから、ここまで用心するのは杞憂だと思うが」
「え、えっと……」
「どうして、とは説明を求めているという事でいいか?」
「……え? どうして?」
「どうして俺がここにいるか、という説明を求めているという解釈でいいか?」
「いや、えっと」
「それもあるけど」
困惑する日咲の前に立ち、采加が詰め寄った。
「どうして、生きてるんですか?」
「生きてる? あぁ、死んだはずの俺がなぜ動いているのか、という話か?」
「……はい」
「生命が断たれたときに機能するプログラムが発動した」
「「…………は?」」
「簡単に言うと、人間としての生命活動を止めると同時に機人になるように設計されてたんだ」
「いや、全然……なに言ってるかわからないんですけど」
「そうか、状況説明というのは難しいな。というか、おまえ誰だ?」
「……え?」
「ちょ、海吏なに言ってんの? 采加だよ?」
「サイカ? いや、記憶領域にない名前だ」
その瞬間、緊張した空気が張り詰める。
日咲と采加は顔を見合わせ、目の前の男が海吏ではない可能性を考え始めた。
いやそもそも、なぜ海吏だと思ったのだろう。
機人の技を使える、人間じゃないのに。
姿形がそっくりなだけで……
「主はこの女のこと知ってるか?」
視線を送られ、日咲はびくっと肩を震わせる。
「……アルジって、誰?」
「あぁ、すまない、日咲のことだ」
「なんで、そんな言い方……ねぇ、いま、私のこと日咲って呼んだよね?」
「言ったが? 主の名前は日咲だろ?」
「どうして、私の名前知ってるの?」
「どうしてと言われても困る。それが主の名前だから、としか答えようがない」
「ほかに……他に私について知ってることは? 好きな食べ物とか」
「好きな食べ物なんかないだろ、俺が作るもの全部不味いまずいって。その中でも特に嫌いなものは、カレーと果物全般」
その答えに、日咲の顔が綻んだ。その表情を読み取った采加が、慌てて二人の間に割って入る。
「日咲、なに聞いて……なに考えてるの?」
「他に……他には? 好きな色」
「月の色」
「ちょっと日咲」
「嫌いな動物」
「小動物」
「日咲!」
大声で名前を呼ばれ、ようやく日咲は采加に目を向ける。
しかしその時すでに、日咲の心は目の前の機人に奪われていた。
「采加、大丈夫。この人、海吏だよ」
「なに言ってるの……違うよ、だって海吏さんは」
「でも海吏だもん。私のことちゃんとわかってる。ねぇ、海吏、りんごの約束覚えてる?」
「りんごの約束? ……あぁ」
表情を変えないまま、海吏は片膝を床についた。
頭を下げ、日咲に跪く。
「覚えている。それがあったから俺は主を守ることに命をかけた。これからは機人として、主の命に全力を注ぐ」
淡々と喋る海吏と、嬉しさが隠せない日咲。
采加はこの状況が理解できず、眉間にシワを寄せて海吏を名乗る機人を睨みつけた。
「ていうか、主ってなに? どうして日咲のことアルジって呼んでるの?」
「日咲は俺が守るべき主人だから」
「だから、なんで主人なの?」
「そうプログラムされているから」
「「プログラム?」」
疑問符を投げつけられ、海吏は顎に手を当てながら考えた。
「難しい。どう話せば理解を得られるのか」
目を瞑って唸る海吏を見て、采加は以前の海吏を思い出した。
火の起こし方のレクチャーをしてくれた時、言葉による説明は一切無しで実践のみを見せてくれたあの夜。
その時の彼の姿が、今目の前にある機人と重なる。
「……違う、海吏さんじゃない」
小さく呟き、拳を握りしめてチラリと日咲に目をやる。目の前の機人を海吏と信じて疑わない、幼い少女の様な瞳。
「日咲は、私が守るんだから」
指が手のひらに食い込み、血が滲んでいた。




