13.面影
二日ぶり振りの外は眩しかった。
日の光が、ではない。夜なので太陽はなく、欠けた月が照らす静から灯。
そうではなく、世界が眩しい気がした。
「暑い……こんなに暑かったっけ?」
日咲の言葉に、隣を歩んでいた采加は首を傾げる。
「私は地上に上がった瞬間から暑いと思ってましたけど」
「地下は空調があるって言ってたね? ていうか、そのせいで地上が温暖化に襲われてるんじゃないの?」
「そうですね、暑い……いきましょう、日咲さん」
洞窟を背に歩み進める采加。その背中を見つめ、日咲も一歩踏み出した。
そして声をかける。
「ねぇ、日咲って呼び捨てにしてっていったよね?」
「え? あ、あれ、そうでしたっけ?」
「それに敬語、普通に話せって言った」
「あれ……あ、うん。じゃあ……ひ、ひなた」
「なに?」
「えっ? いや、べつに。名前呼んだだけで」
「意味もなく呼ばないでよ」
呆れたようにため息を漏らす日咲が、采加を追い越して歩く。
呆然と佇む采加だったが、置いていかれていることに気がついて慌てて後を追った。
一晩で、日咲は采加に様々なことを教えた。
狩りの仕方
獲物の捌き方
衣料品の隠し方。
海吏と使っていた食糧庫は無事だったが、念のために場所を移動することにした。
「寝る場所、変えようか」
ふいに日咲が言った。
突然の提案に、采加を傾げる。
「あの場所気に入ってるって、日咲言ったよね? 機人にも見つかりにくいって」
「でも、獣が出る可能性もあるから。洞窟だったらモグラもいるし、あと蝙蝠も湧く。むしろ今までいなかったのが不思議なくらい」
「でも、場所変えるってどこに……」
反論しかけた采加だが、日咲の意図に気づいて言葉を止めた。
「あの洞窟に行く前は、どんなところにいたの?」
途端、日咲の表情が曇り、采加は言葉を間違えたと後悔した。
思い出すのが怖いのだ、海吏のことを。
思い出に浸るにはまだ早いのだ。
「太い木の幹とか、どうかな?」
「木の幹?」
「古い木だと、中が空洞になってる事が多いの。獣の巣になってることもあるけど、一応探してみよう」
自分に言い聞かせるように、納得させるように日咲が言う。
采加は黙って頷き、日咲の後を追った。
民家から新しい毛布と電池数本を調達し、洞窟に戻る。
古い毛布や時計は置いていくことにした。
出入り口の穴に入る前に、じっと中を見渡す日咲。
「バイバイ、海吏」
目元を拭い、采加の後を追って洞窟を抜け出す。
*
「やばい、いま何時だろ?」
バタバタと森へ向かい走り出す日咲と采加。時計を置いてきたせいで時間がわからなくなっていた。
「まだ夜明けじゃないと思うけど。ていうか、夜明けに外にいたことないからわかんない」
「早く寝る場所探さないと……ねぇ日咲、さっきより明るくなってない?」
辺りを見渡すと確かに、先ほどより闇が抜けていた。電気をつけていたせいで、周囲の明暗がわからなかった。
日咲の全身から、さぁっと血の気が引く。
「日咲、洞窟に戻ろう」
「は? なんで?」
「朝日が登ると機人が活動始めるんでしょ? とりあえず隠れなきゃ」
手を握って走ろうとする采加だが、日咲が動かなかったせいで逆に腕を引っ張られた。
「なにしてるの、早く……」
「だって、お別れしたのに」
「お別れ?」
「海吏にバイバイって、私さっき」
「なに言ってるの!」
両手で日咲の手を強く握りしめる。
はっとした日咲が采加の目を見つめた。
「生きなきゃ、まずは生きないとダメだよ、日咲。逃げよう、早く行こう」
「……ごめん。うん、行こう」
軽く唇を噛んだ日咲は、采加に手を引かれてきた道を戻って走る。
早く、早く……しかし思ったより夜明けは早く、空は徐々に明るくなっていった。
「もう少しだから」
駆け足で山を降りる。その途中で、何かに躓いた采加が頭から派手に転んだ。
「え、ちょ……大丈夫?」
手を繋いでいた日咲も引っ張られたが、転ぶまでには至らなかった。
足を止め、采加の肩を支える。
「怪我してない? 走れる?」
「ごめん、大丈夫。いてて」
鼻先を抑える采加が、何に躓いたのかと後ろを振り返る。同じように視線を向けた日咲。
そして二人同時に、息を飲んだ。
采加の足元にはズボンを履いた足。二十代後半らしき細身の男性が、木の幹に身を預けて目を閉じていた。
「この人、寝てるの?」
おそるおそる顔を近づける采加。しかしそれが何か瞬時に理解した日咲は、采加の腕を引っ張り、男に触れないようにした。
「人間じゃない」
「え?」
「こんなところで寝るわけないでしょ、普通の人間が」
チラッと采加の足元に目をやる。大樹の根が地面に突き出ていた。采加がぶつかったのは木の根で、彼の足ではなかった。
もしも、木の根ではなく足に触れていたら……
背筋に悪寒が走る。
早く逃げないと。
そう思って踵を返したとき、山の谷間から光が差し込んだ。
眠っている機人の顔に朝陽がぶつかり、ゆっくりと瞳が開かれる。
「……っ」
虚な表情の機人が視線を動かせ、やがて日咲たちの姿を捉える。
目が合うと、機人はのそりと起き上がり、日咲たちに手を伸ばす。
「日咲、逃げよう」
踵を返して手を引っ張るが、日咲は動かない。
「ひなた、何して……」
振り返ると、先ほどの機人は地面に突っ伏していた。それを片足で踏みつける、白いパーカーを羽織った背の高い男。
フードを被り、背を向けている故に顔は見えない。
「なに、誰……助けてくれ……」
しかし間髪開かず、下敷になっている機人が身体を起こしフードの男に襲い掛かった。
チッ、と舌打ちのような音が聞こえたかと思うと、白フードの男は後ろに仰け反り、自身の手を鈍色の剣に変化させた。
「……機人」
白フードの背中を見上げながら、日咲が呟いた。
機人の特徴だ、自らの身体を大気中の成分と組み合わせ武器を作り出す。自身の身体を武器として生成することも出来るし、何もないところからまるで手品のように武器を作ることもできる。
白フードの男が、もう一人の機人に剣の切っ先を突き出す。
左胸に命中し、機人の男が呻き声を上げた。
「……逃げ、日咲、逃げよう。今のうちに」
手を引くが、日咲は機人を見つめたまま目線すら動かさない。
「日咲!」
「え、あ……ごめん」
ようやく振り返った日咲が、采加に合わせて走り出す。
途中チラチラと後ろを振り返ったが、白フードの機人は背を向けたままで、顔は見えなかった。




