表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/35

12.いちごとりんご


 どちらの物かわからない腹の音が鳴って、食事を摂っていないことに気がついた。

 日咲の嗚咽が止み、またしばらく時間が過ぎた。そうすると不思議と目が暗闇になれ、やがて周囲の状況が確認できるくらいまでになった。

 隣に座る日咲はあいかわらず、膝を抱えて顔を埋めている。

 ギュルルーと、再びお腹が鳴った。今度はわかる、日咲の方だ。

 なにか食べないと……いや、食べさせないと。

 そう思って立ち上がり、采加はフラフラと洞窟の出入口に向かう。日咲がちらっと顔を上げたことを、采加は知らない。

 洞窟の出入り口になっている小さな穴に身体をねじ込む采加。


「あ、大丈夫だ」


 身体を捻り出口の外に出ると風の匂いがした。

 湿っぽい、夜風の香り。


「月が、欠けてる」


 半月が闇に齧られたような三日月に近い月の形。

 采加は天を仰ぎ、風の音を聞いた。

 遠くで鳴く梟の声、獣の唸り声。

 涙が、枯れたはずの涙が頬を伝った。

 泣いてる場合じゃないと涙を拭い、森の中へ入る。

 すぐ近くに親指ほどもある野苺が成っており、五つ抱えて洞窟の中に戻る采加。

 灯のない空間はただの暗闇に戻っていたが、息遣いで日咲の居場所はわかる。

 日咲の手前にに苺を全て置き、采加は少し距離をとって膝を抱えて座る。


「いちご、好きですか?」

「…………」


 日咲は答えなかった。

 沈黙の、静かな空気が洞窟内に漂う。

 互いに動かず、時間が過ぎる。

 しばらくして日咲がチラッと采加の方に目を向けた。しかしすぐに顔を背け、膝に埋める。

 その動作が二回繰り返されたころ、采加の目が暗闇に慣れてきた。

 そして三回目、日咲が采加のほうを向き、その足元を見つめて言った。


「あんた、自分のは?」

「え?」

「外で食べてきたの?」

「あ、いや、食べてないです。日咲さんに食料をと思ってとってきたものだから」

「なにそれ」


 足下に並べられた五つの苺を睨みながら、日咲が言った。


「同じこと、やらないでよ」


 ギュッと、膝を強く抱える。


「海吏と同じこと、同じこと言わないでよ」

「……海吏さんと?」

「私たちの集落が機人に襲われた時、その夜、海吏がりんごを三つ持ってきた。無言で私の足元に置いて、『りんご、好きだっけ?』って。意味不明、馬鹿じゃないの、こんな時にって無視しようと思ったんだけど、海吏の足元には何もないの。聞いたら、『日咲のための食料だから、日咲が食べないなら俺もいらない』って、笑いながら、海吏が言ったの」


 その時の笑顔が脳裏によぎり、日咲の目に涙が溢れた。


「嫌いよ、りんごも苺も。ていうか私、果物全般ダメなの。嫌い」

「え、あ……ごめんなさい。えっと、じゃあ別のものを……」

「でも私が食べなかったら、あんたも食べないんでしょ? ねぇ、電気つけて」


 采加は慌てて地面を探り、隅に置いてあったランプの火をつける。

 久しぶりに灯る洞窟の中、ぐちゃぐちゃに泣いて乱れた日咲の顔は、頬がこけて痩せて見えた。


「なんで奇数なのよ、あんたも海吏も。これじゃ半分こできないじゃない」

「いや、だって全部、日咲さんにあげるつもりで」

「それがバカだって言ってんの」


 日咲は苺を三つ、采加の方へ転がした。

 コロコロと、丸い苺が采加の足にぶつかる。


「あんたのせいじゃないよ。海吏が死んだのは、あんたのせいじゃない」


 苺を眺めていた采加だが、その言葉に顔を上げた。

 真っ赤な目の日咲と視線がぶつかる。


「機人の夜間襲撃は運だから。あんたが馬車の下に隠れて命拾いしたのも、海吏があの場所に行ったのも、全部運だから」

「ちがっ……私が自分の足で……」

「わかってる。それはあんたが悪い。自分の足で動かなかったあんたが悪い。それともう一つ、なんであの状態で私のところへ来たの?」

「……え?」

「井戸のところで機人に襲われたんでしょ? なんでそこから、私のところへ向かったの? 海吏が指示したの?」

「違、います。私が、日咲さんのところへ、行こうって」


 そこでようやく気がついた。



 間違えた……



 間違っていたのだ、あの選択は。


「海吏は、何よりも私を優先する。あんな状態で私のところへ来て、守るべき命が増えて……そしたらもう、自分の命を投げ出すしかないじゃない」


 あの時、彼は言っていた。


『日咲のところへ行くな』と。


 巻き込むな、ここで機人を止めておく。

 日咲と接触させるな、と。


「あ……わたし……」

「それと私、あんたが私を抱えて逃げたこと、海吏と引き離したこと、怒ってるから」

「それは、日咲さんを守るためで」

「でもそれ以外は、ありがとう」

「……え?」


 思わぬ言葉に、采加は目を見開く。

 涙、そして鼻水までも垂れ流しの日咲が、采加の目を見つめて言う。


「海吏はもういないけど。運が悪くて機人に襲われた、それはわかってる。だから、最後に海吏の顔が見れて……海吏の最後に立ち会わせてくれてありがとう」

「……………ごめ」


 ごめんなさい。と言おうとして声を止めた。

 さっきから謝罪ばかりだ、違うこれじゃない。

 日咲が求めているのは、こんな言葉じゃない。


「海吏、ありがとうって言ったの。あの時」

「あの時?」

「機人に首を跳ねられる直前、片手を上げて微笑んで、『ありがとう、日咲』って。私の名前を呼んでくれた」

「…………」


 涙が溢れた。

 どうしたら、どう声をかけたらいいかわからない。

 ただひたすら流れ落ちる涙と、酷く波打つ心臓の音。

 足元には、苺が三つ。


「私……日咲さんを守ります」


 地面に転がる、小さな苺を見ながら言った。

 日咲の足元にあるのより一つ数が多い、野苺。


「海吏さんの代わりに私が、日咲さんを守ります。それが海吏さんの願いだったから」


 苺を一つ手に取る。

 思った以上に力が入って、少し潰れてしまった。


「当たり前でしょ、あんたの方が一つ多いんだから」


 怒ったように言う日咲が、足元の苺を口の中に放り込んだ。


「酸っぱい……だから嫌いなのよ、果物って」


 もぐもぐと、二つの苺を頬張る日咲がリスのようで、采加は失笑してしまった。自分の苺を口に入れると確かに、甘酸っぱい味が舌を撫でた。


『私は一つでいい。残りの二つは海吏が食べていいから。だからその分、りんご一つ多い分、私を守ってよ』


 あの日、りんごを三つ持ってきた海吏に言った言葉。

 その時の笑顔が頭から離れない。

 あの顔だけはずっと、日咲の心の支えだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ