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1.地上送り


 午前一時半、高い山々に囲まれた盆地に二つの小さな光が灯っていた。辺りは暗いが、満月の月明かりのおかけで、歩くには問題のない闇の深さ。

 十メートルの距離を取っていた二つの光だが、そのうち一つが立ち上がってもう一方に駆け寄った。

 カラカラと、角灯の光が上下に揺れる。


海吏かいり、どうだった?」


 声をかけたのは十代半ばほどの少女、日咲ひなた

 顔は整っており、可愛いというよりも美麗な顔立ちだった。肩までの髪を一つに結び、サイズの大きそうな白シャツに短いズボンと華奢な体躯がよくわかる軽装。

 一方、海吏と呼ばれた少年は泥のついた黒いシャツに麻のズボン。年は日咲より二つほど上、色素の薄い髪の毛は寝癖がついたまま自在に跳ねていた。


「大収穫、タマネギ生きてました!」


 海吏はたった今掘り起こしたタマネギの束を掲げて笑う。

 それを見た日咲は「よかった」と安堵のため息を漏らした。


「私も、キュウリとトマト、大量に生きてました!」


 ぎゅうぎゅうに詰め込んだ袋の中から、キュウリとトマトを取り出す。海吏は収穫物を見つめ、再び笑みを零した。


「よかった。昨日イノシシの足跡見たから心配だったんだ」

「カラスにも襲われなかったみたいだね」

「よし、今日はカレーにしよう」

「そうだね、カレーに……」


 コクコクと頷いていた日咲だが、ぴたりと言葉を止めた。

 海吏は慣れた手つきでタマネギを収穫し、側に停めていた台車上のコンテナに詰め込んでいく。


「ちょっと待って、なんで? キュウリとトマトでカレーって発想ありえなくない?」

「タマネギもあるだろ? イモとニンジンは保管庫に隠してる」

「そうだけど、よりによってカレーって」

「今度は上手く作るから。保管庫荒らされてないといいな」


 鼻歌を口ずさみながら、海吏は台車を押して歩き出した。


「待ってよ、海吏」


 ガタガタと音を立てて行く台車に、小走りでついていく日咲の足音。





 満月の光で薄っすらと辺りの景色が見える。山に囲まれた平地に広がる田畑、崩れ落ちそうな古い民家が数軒、ふくろうの鳴き声と、耳を澄ませば聞こえる葉の擦れる音。

 ふいに人の気配を感じ、振り返る日咲。


「どうした?」


 日咲の視線の先にあったのは山の麓にある井戸と、その傍にいる三つの人影だった。

 お揃いの黒い軍服をキチッと着こなした青年二人が、日咲と同い年くらいの少女を見下ろしていた。

 乱暴をうけたあとか、後ろ手を縛られている少女の身体には無数の傷があった。


「地底人だな」


 海吏が呟き、日咲の手を取って物陰に隠れた。

 息を殺し、男女の動向を窺う。辺りが静かなせいで、耳を澄ませるだけで会話の内容が聞き取れた。


「よし、こんなもんか」


 二人の青年のうち、あご髭を生やした男が言った。


「悪いな、采加さいか。俺らだって心苦しいんだよ、でもこうしないと俺らまで地下を追い出されちまう」


 采加と呼ばれた少女は濁った目で男を見上げ、ふいっと視線を逸らした。


「だからそういう態度やめろよ」


 髭の男が手を伸ばすが、もう一人の黒髪の男が髭の肩を掴んで采加の前に立った。

 ゴッ、と鈍い音が響き、采加が前のめりに蹲る。

 黒髪の男が采加の腹を蹴ったのだ。


「お、おい……やり過ぎだろ」


「地下で不要だと判断された、要らない人間だ。このくらいのこと問題ない。どっちにしろ、朝が来れば機人に殺される」


 黒髪の男はチラッと辺りを一瞥し、視線を采加に戻した。


「運が良ければ生き延びれるだろうな、健闘を祈る」


 片手をヒラヒラさせ、井戸に向かって歩く黒髪の男。髭の男は慌ててそのあとを追い、井戸の中に潜り込む。


「じゃあな、采加」


 髭の男がそういったが最後、男たちは井戸の中へ消えてしまった。

 男たちが去ってしばらくしたところで、采加は空を見上げる。


「……月だ、本物の」


 頭上に広がる闇にポツンと浮かぶ丸い黄色。


「月見るの初めて?」


 惚けていた采加だが、背後からの声に慌てて顔を上げる。しかし、手足が拘束されているため、相手の顔を確認するまでに至らなかった。


「そりゃそうか、地下には空がないもんな」


 采加の側にしゃがみ込んだ海吏は彼女の身体を起こし、縄の結び目を解いていく。


「うなじのとこ、腫れてる」


 采加のうなじ部分、縦一センチ横五センチ程度に切り傷があり、赤黒くなっていた。傷口に触れようとした海吏だが、手足が自由になった采加の腕に阻止された。


「誰?」


 采加は目を瞠って睨むが、海吏は飄々と笑みを浮かべる。


「小瀬川海吏、十六歳。あんたら地底人が地上人って呼んでる存在だ。あんた、地上都市を追い出されたんだろ?」

「……どうして、そんなこと……」

「前にも居たんだ、地下都市を追い出されてここに来たやつ。その子が色々教えてくれた」

「あぁ、それで……毎月、たくさんの人が地下を追い出されるから」

「そうなの? 俺らが保護したのはあんたが二人目だけどな。ていうか名前、サイカであってる?」

「え、はい。赤城采加です……保護?」

「地下の人間は地上のこと知らないだろ? 地下都市を追い出された人間って大概、あんたみたいに暴力を受けて放り出されるし」

「地下都市の人間を保護している? あなたたち地上人が? 私みたいな人間を?」

「もう地下には戻れないだろ? だから、ここでの生活を教えて、暮らしていけるようにしてる」

「どうして?」

「どうしてって……同じ人間だから? 助け合うのは当然だろ?」

「でも、地上人は私たち地下都市の人間を憎んでいるでしょ?」

「憎む? なんで?」

「二十年前、機人の暴走によって人類が地下に逃げ込んだ際、地下シェルターに避難できたのは一部だけで、ほとんどの人間は地上に取り残された。地上人は、あなた達を見捨てた私たち地下都市の人間を恨んでるでしょ?」


 窺うような視線を送る采加に、海吏は首をかしげる。


「采加って何歳?」

「十四になったばかりですけど」

「日咲と同じだな。だったら、俺たちを見捨てたのは采加じゃないだろ?」


 海吏はしゃがみこみ、目の高さを采加に合わせて微笑む。


「俺たちだってそうだ。人類が地下に逃げ込んだ時、まだ生まれてなかった。だから地底人を憎んだりなんかしてない。それに采加だって地下都市を追い出されてここに来た、被害者だろ?」

「……どうしてそう思うの?」

「乱暴受けてたし、手足拘束されたまま放り出されてたから。あれ、もしかして違うの?」

「違わない、けど……」


 語尾を弱め、下を向く采加に海吏は手を差し伸べた。


「地底人をよく思ってない人間がいるのは事実だから、出会ったのが俺らでよかった。それとさ、全ての人を保護できるわけじゃないんだ。誰もいないところで地上に放置されて、発見されずに朝を迎えて機人に殺される人もいる。采加は運が良かったよ」


 屈託のない笑顔、采加は戸惑いながらも差し出された手を掴んだ。

 グイッと引っ張り上げられ、辺りを見渡す。


「広い……」


 思わず呟いた。

 高原の向こうにそびえ立つ山々、ポツンと浮かぶ月に、光を反射する田畑の水面。

 とてつもなく広い、地上の世界。


「そりゃ広いわよ、地下に比べたら」


 采加が振り返ると、背後に日咲が立っていた。不機嫌そうな表情で、采加を睨む。


「えっと……」

「日咲、待っててよかったのに」


 采加の手を離し、日咲のもとへ駆け寄る海吏。

 その時の海吏の表情がとても明るくて、采加はすぐに察した。二人はそういう関係なんだと。


「あの子、保護することになったから」

「はぁ? どうして勝手に決めるの?」

「この辺に住んでるの俺たちだけだし、馬車が来るのもまだ先だから仕方ないだろ?」


 喧嘩腰に話す日咲と、彼女を宥めながら言葉を選ぶ海吏。

 やり取りに決着がついたところで、海吏が采加に向き直る。


「こっちは日咲。俺と一緒に生活してる、幼なじみ」

「あ、はい。えっと、采加です」

「……海吏から聞いたし。名前」


 そっぽを向きながらいう日咲。その態度に困惑する采加だが、海吏が間に入ってフォローする。


「ごめんな、日咲って人見知りでさ」

「別に、これが普通だし」

「普通じゃないだろ? ほら、笑えって」


 日咲の頬を両手で摘む海吏。日咲は「やめてよ」と言いながら海吏の手を払いのけ、采加に目をやる。


 バチっと視線があい、日咲が不機嫌そうに逸らした。


「そのうち慣れるから。これからよろしく、采加」


 いつの間にか世話になることが決定しており、采加は黙って頷いた。

 そのついでに采加が地下に繋がっていたはずの井戸に目をやったが、なんの反応も示さなかった。

 采加を追い出すと同時に、その道は閉ざされたのだ。もしこの井戸を降りてももう二度と、地下に帰ることは出来ない。

 ぎゅっと手を握る采加に、海吏が再び手を差し出した。


「いこう、采加。地上を、俺たちの世界を案内する」


 微笑む海吏の後ろには厳しい目線の日咲がいて、月夜を背景にする二人の姿がとても、綺麗だった。 



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