天使か悪魔かそれとも……
青年には夢がある。
小さい頃から抱いていた夢、それはモデルになることだ。
型破りな服を身に纏い、表情を衣装に隠してランウェイを歩く……そんな夢が実現するのは本当に夢の夢。
青年には無いものが、ある。
モデルに絶対不可欠な……両足……。
(足さえ有れば、夢のモデルになれるのに‼)
何度もモデルになる為、オーデションに書類を応募したが、答えは毎回落選。
『容姿も目力も良いのですが、モデルには足が必要です。
残念ですが、これが現実です』
プロダクションからの返事は似たような断り方ばかりだ。
(足さえ有れば……!)
強い思いが心を貫いた。
その時、何者かの声が響いた。
「その夢、叶えてやるぞ」
悪魔が現れた。
「いいえ、夢を叶えるのは私の役目です」
天使も現れた。
「えっ……あ、悪魔……と、天……使?」
青年は混乱してしまった。
非現実な事が起き、不可思議な存在が自身に話しかけたのだから。
「俺様が貴様の夢を叶えて見せる!
イケてるモデルになって、貴様を落とした業界の奴等を見返したいだろう?」
「見返すなんて……そんなつもりはない」
「無いのか?微塵も?」
「お辞めなさい!この青年には無垢なハートしか有りません!
純粋に夢を叶えたいだけです‼」
「ちっ!お邪魔虫が」
(どうしよう……悪魔に夢を叶えて貰えば魂を食べられるらしいし、天使に夢を叶えて貰えば永遠に生き続ける事になるよ)
魂を食べられるのも、永遠に生きるのも怖い。
(でも夢は叶えたい……)
青年は考える。
どちらに夢を託せば幸せになれるかを。
「俺様を選べ」
「貴方を支えるのは、私ですとも」
「僕の、夢を叶えるのは……」
心で答えが決まった。
「僕の夢を託すのは『人間』しかいないよ‼
いつか絶対自分を理解してくれる『人間』を、僕は待つ!」
「ふん!とんだ茶番劇だな!」
悪魔は消えた。
残った天使が青年に語りかける。
「勇気ある言葉ですね。
貴方には本当に善き人生のパートナーが現れる事でしょう」
天使は優しく笑顔を浮かべ、湯気のように静かに消えた。
(これで、良かったんだ)
〈プルルルル〉
突然青年の端末が鳴り、夢から覚めたような気分になった。
電話をとる青年。
『もしもし、先日オーデションでお会いしました〈プリンスハウス〉の望月ですが、秋田様御本人様ですか?
「え?はい、僕ですが……えっ?」
青年の耳にしっかりと強く届いた一言。
『モデルのオーデション、合格しました。
おめでとうございます」
「えっ?本当に、合格ですか?」
「貴方のような『壁』を感じさせない方を探していました。
凛とされた目力に惹かれまして、選ばせていただいた所存です」
目の前が明るくなった。
青年の胸に響いた喜びの情が、湧き水のように溢れだす。
「うれしい……です!
ありがとう……ございます」
後に青年の姿は全ての人に勇気を与え、『壁を越えたモデル』として称えられる。
(僕はモデル……どこにでもいる、普通の人間)