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6話「踏み出すなら」

 海の見える街でお茶を楽しんだ私たち二人は、心が落ち着いてから小さな店を出て、それからまた少し買い物をしつつ歩いた。


 爽やかな風が何度も吹き抜けてゆく。

 それはまるで私たちの新しい道を照らしてくれているかのようだ。


 受ける風の心地よさが、心を晴れやかにしてくれる。


 アドミッドと共にいるから風の爽やかさを感じるのか、はたまた、風が爽やかだからそんな風に感じるのか――どちらが先か、なんて分からない。


 でも確かなことだってあって。


 それは、アドミッドと過ごす時間が何よりも愛おしいということだ。


 彼と一緒にいる時、自然と心が軽くなる。そして、この時間を大事にしようと、改めてそう強く思うのだ。


「今日は楽しかったですね」


 夕暮れ、彼は海の傍でそんな風に言ってきた。


「はい、とても。ありがとうございました」

「アイリスさん……少しは楽しんでいただけましたか?」


 手すりを横目に、私たちは向き合う。


 海から舞い上がる潮の匂いが鼻をくすぐっていた。


「はい、もちろんです」


 かけられた問いに軽く返す。


 しかしそれでもまだ、アドミッドは真剣な表情を保っていた。


「アイリスさん、お願いがあります」

「お願い? また唐突ですね、でも……何でしょうか」


 今この辺りには誰もいない、私たち二人以外には。


 夕暮れの海辺で。


「僕との将来とか、考えてみてはくれませんか」


 彼はそんなことを言った。


「え……」

「急過ぎますよね、すみません。迷惑かもとも思ったのですが。でも、どうしても……今言わなくてはならない、そんな気がしまして」


 彼は少し言いづらそうだった。

 何とも言えないような苦く渋そうな目をしていた。


 けれども勇気を出して告げてくれたのだ――それはとても嬉しくて。


「ありがとうございます、想いを伝えてくださって」


 取り敢えずそれを伝えて。


 それから。


「私も……多分、同じ気持ちだと思います」


 目の前にいる人のものだとしても、誰かの手を掴むことは怖い。

 期待して裏切られる、抱き締めようとして壊される、そんな未来がどうしてもよぎってしまうから。

 たとえ相手が信頼できる人だとしても、それでも、だ。

 もしも、一度それを考えてしまえば、あとはただひたすらに不安が巡り巡るばかりだ。


「けれど、少し怖くもあります」

「怖い? どうしてです?」

「もしかしたら、って考えたら……不安になるのです、すぐに壊れてしまうのではないかと」

「もしかして、過去のことのせい?」

「……はい、恐らく」


 でもそれでいいのかな。


 いつまでもそんな感じで。


「一回起きたことはまた起きるのではと思ってしまいますよね、どうしても」


 彼は理解を示してくれる。


 そうよ、彼は優しい人。

 気まぐれで身勝手に人を傷つけるような人ではないの。


 ……分かってはいる。


「そうですか、なら待ちましょうか」

「え」

「貴女が決心できる時まで」

「え、あ……あの、でも……」

「どうしました」

「私は待ってもらえるような人間では」


 そこまで言って喉が詰まってしまった。


「僕が待ちたいから待つだけです、それは僕の勝手な行動ですよ」

「でも……」

「貴女は嫌ですか?」

「考えてみたいです……できるなら、前向きに、でももう少し」


 一歩、小さくても踏み出すなら今。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  アイリスの不安もわかります。  それでも迷う気持ちは、ここまでのふたりの関係があるから、ですよね。  それ以上自分の気持ちを押し付けるのではなく、急かすことのない言葉に、アドミッドの誠…
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