5話「海の見える街へ」
今日はアドミッドと海の見える街へ来ている。
定期的に会っていた地域から馬車に乗って二時間ほどで着ける街だ。
「綺麗ですね! 海、とっても」
「確かに」
「ここに貴方と来られて良かったです」
「それは僕も、同じことを思っていました」
石畳の道を歩く、ただそれだけのことなのに、隣にいるのが彼だから何か少し特別な感じがする。
「これから何か飲みます?」
歩いている最中、アドミッドがさらりとそんなことを言ってくる。
「え、飲む一択なんですか」
くだらないことを返してしまって。
「あ、いえいえ、食べるでもいいんですよもちろん。ただ何となく飲むと言っただけで」
「そういうことですか、すみませんややこしいことを言って。分かりました、ではどこかお店にでも入りましょう」
何とも言えない空気になってしまい、お互い苦笑した。
しかし苦笑も笑み。
それが互いの少しばかり強張った心をほぐしてくれたようで。
「あのお店なんてどうでしょう? 喫茶店」
今度はこちらから提案してみる。
街角の小さな喫茶店を選んだのは、その店のこじんまりとした外観が何となく好みに当てはまっていたからだ――もっとも、自分の、だが。
「おしゃれな感じですね」
彼はさらりと簡単な感想を述べる。
その表情は柔らかいものだった。
珍しい遠出にはじめこそ緊張している部分もあった私たちだが、今はお互い穏やかになりつつある。
「アドミッドさんはああいうのはお嫌いですか?」
「いえ」
「では行ってみませんか?」
「そうですね! 行ってみましょう。アイリスさんが目をつけたお店です、きっと良い店なのでしょう!」
急に圧が強まる、期待という方向に。
「えええ……それはちょっと、期待し過ぎでは……」
私はまた苦笑した。
――それから、小さな喫茶店へ入る。
「何注文します? アイリスさん」
席に着いて間もなく、彼が尋ねてくる。
「そうですね……アイスティーとか? ですかね? 絶対これ、とかはないのですけど……」
「じゃあ僕はこのベリーティーで」
「え、おしゃれ」
「美味しそうじゃないですか? これですよ、これ」
彼はメニューを見せてくれた。
そこには確かに、おしゃれな写真が載っていた。
これがベリーティーか……。
なかなかに美味しそう、彼が魅了されるのも分からないではない。
「じゃあ、私もそれにします」
「え! 無理に合わせなくて大丈夫ですよ!?」
「いえ、それにしてみたくなってしまって」
「あ、そうですか」
「ですから同じものにします」
「分かりました。じゃあベリーティー二つで注文しましょう」
店の窓からは海はそれほど見えないが、それは仕方がない――なんせ窓にはカーテンが設置されていて外への視界を遮っているから。
でも、店内の空気はとても澄んでいて、心地よい雰囲気だ。
「過ごしやすそうなところで良かったですね」
注文を終えるや否や彼がそんなことを言ってきた。
「そうですね」
「初めて、ですよね?」
「はい」
「アイリスさん、センス抜群ですね!」
「いえ……そんなことないですよ、私はべつに……」
もにょもにょ口の中で言葉を回していたら。
「とても良い人ですね」
急に無垢な顔でそんなことを言われた。
えええ!! とみっともない大声を出しそうなくらいの衝撃だった。そして、頭が吹き飛びそうな衝撃から少しすると、今度はとんでもなく恥ずかしくなってきた。照れ、その感情が身を駆け巡る。
「あ……僕、何かおかしなこと言いました……?」
少々戸惑ったような彼。
「ち、違うんです……」
「では一体」
「その……良い人とか、言われると、何だか……むずがゆくて」
何とか心を伝えたい。
悪い方に勘違いしてほしくない。
「恥ずかしくなってしまいました……」
今は本当のことだけを言う。
それしかないから。
だから私は恥ずかしさの中でも真実だけを述べた。